【善意の代償】
「 そろそろ時間だな」
時計を見上げ、そう告げる。思ったとおり、掌に収まる指輪の宝石が光り始める。
だが決戦に望む前に、目の前で一際身を乗り出し母親に童話の続きをせがむ、それのように不満を訴えるリザードの少女を宥めなければ成らない。
「え? まだ話は途中でありまする!」
「ああ。何、道中話す」
なんだか、昔話をしていると懐かしい気分になる。それと同時に、過去に犯した自身の愚行が胸を締め付ける。
だが、彼等にあの男の本心……痛みと苦悩を理解してもらいたいと思うのは、本当の気持ちだった。
――――――――――
あの仕事を終えてから、俺達は親しい間柄になった。といっても、奴と組まされる事が多々あって、話をすることが多くなったというだけの事だ。
奴は、俺が尋ねるすべての問い掛けに誠実な返答が出来る唯一の男だった。
だから、俺は自分の為に、此奴の傍に居続けるのも悪くはないと思っていた。
奴は読書家で、教団の資料室に入り浸っているのは有名な話だった。
只、奴が読んでいるのは術に関するものではなく、ロマンスや冒険物といった、御伽噺などがメインだった。
俺は其れが解せずに、こう尋ねた事がある。
「何故そんなものを読むのだ」
すると、人の質問が聞こえなかったかのように、いつも独り言を返してきた。
「文字は不思議や。只の無意味な序列かとも思えば、皮肉なほどに意味を持つ事がある。しかも、それは言葉なんかよりもずっと理解が容易い。文字は、時に言葉以上に想いを届けるに適している場合があるんや。それは、一体何故なのか? 今の俺の研究課題は其処」
そう言いながら奴は本を閉じ、徐に俺にそれを渡す。
俺は知っている。此れは、奴が何処からか持って来ては、勝手に資料室に置いたものだ。
そして、未だ嘗てヴァーチャー以外が手に取った事は無い。
「いやぁ、やっぱり憧れるね。やっぱり愛、愛だよ! 愛だよねっ。……え、愛?」
「何がだ、気持ち悪いッ! ……で? 何故俺にその本を差し出す?」
「俺のおススメ。騙されたと思って、一回読んでみ?」
表題に目を遣る。 『ロミエとジュリオット 〜愛の悲劇〜』
正直、何処かの名作を堂々とパクったような題名に読む気もクソも起きなかったが、俺が断ると決まって奴は夜になってから「愛はじゃすてぃす」とかなんとか叫びながら俺の安眠を邪魔してくるのだ。
―――――
そんなある時、何の前触れもなく奴の部屋に呼び出された。
「なんだ? 俺もそこそこ忙しいんだが」
ヴァーチャーからコンタクトを取ってくることは珍しい。奴は殆どの時間を自分一人に使っていて、誰にも何をしているのか気取らせなかった。
自室には強力な結界を張り、その周囲には監視魔法まで掛けている念の入れよう。流石にそのセキュリティには教団幹部も手も足も出せなかった。
だが今は其処へすんなりと入られる。新鮮な気持ちだった。
俺が奴の部屋の前に立つと、目に見えていた結界がすっと消えた。恐る恐る扉をノックしてそう声を掛けたが、中から反応は無い。
不審に思っていると……
「 悪かったな。忙しい、つっても、どうせ教団の仕事やろう?」
「のわぁっ!?」
突然背後から肩を掴まれ、飛び上がってしまう。密偵が後ろを取られるなんて不覚だ。振り向いた先には、俺のリアクションにご満悦なヴァーチャーの顔があった。
「驚きすぎ……もしゃもしゃもしゃ」
「貴様、人を呼んでおいて出掛けていたのか?」
容赦なく人の癇に障ってくる奴を睨み付けるが、奴の口には妙なものが咥えられていた。
「……なんだ、それは?」
「ちくわ」
「……」
ぼよぼよした棒状のもの。まぁ、興味は無いのだが、ヴァーチャーは手元に抱える紙袋から一本を取り出し、俺の口下にそれを差し出す。
「食う?」
「いらん」
「美味いのに」
残念そうに呟いてその一本を咥える。
本当に何なんだ、此奴は。と思ったとき、ふと視線を横に向けてみれば、其処には何故かオンナの姿があった。
「……。 」
「……?」
真っ白で穢れの無い肌が目に付いた。光に舞う衣。白麗なる長髪は地面まで垂れ下がる。
年の頃は十五程だろうか。他に俺の周りで攫われたオンナ達と思い比べてみても、何処か違う雰囲気を纏わしていた。
「……何処で拉致してきた?」
「お前、人をなんやと思ってんの? もしゃもしゃもしゃ」
物食いながら自分の潔白を主張する奴があるか。
「そもそも、なんなのだ? そのオンナは」
其処で恋人か? などと思い付く事は無かった。
本来、教団の駒達は欲望などに薄くなっている筈だった。自我を徹底的に排他する事で、忠実な道具にするという教団の方針の為だ。当然、それは色欲
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