おまけ


「   おい、其処のお主ッ」
 幼さのある声が響き、東洋人は歩みを止める。自分が呼ばれたのかと思って周囲を見渡すが、この深い森の中に人の姿は見当たらない。気配は確かに感じるのだが。
「お兄ちゃん、ヤッホー」
「兄様、御機嫌よう」
「ふん」
 三人、別々の少女が様々な態度で彼に声を掛けた後、彼は問う。
「俺に用か?」
「そうじゃ! あの時受けた屈辱、此処で晴らしてくれよう“じょ”っ」
 威勢の良いままに噛んだ。さわさわと葉の擦れ合う音、その中にこそこそと声が混じる。
「噛んだ」
「教祖様、噛みました……」
「ちょっと、教祖様が噛む訳ないじゃないッ。あれは私達の不信心が招いた幻聴よ……!」
「う、五月蠅いわッ。お主らは黙っておれ!」
 羞恥の混じった怒り声。東洋人の耳にはそれが聞こえていたし、気配も感じていたが、相手の姿は視界に入らない。
「報復……か? 態々声を掛けて果たすとは、中々馬鹿正直やないか。やけど、姿を現さないなんて中途半端やな。俺は正々堂々と来る相手には正々堂々とやるつもりやが? その方が面白いし……姿を現わさないか」
「ふん! 先ほどからお主の目の前におるわ」
「嘘は感心しないな。俺の目の前にあるのは木ばかりやけど?」
「……下を向けっっ」
 頭を下に傾ける。するとその死角となっていた場所には、四人の少女が並んで男を見上げていたのだった。
「早い……!? 何時の間に俺の懐に……ッ」
「……最初からおったわ。お主、馬鹿にしとるじゃろう?」
「馬鹿になんてしてない“じょ”」
「教祖様、確実に馬鹿にされてますっ」
「ぬぬぅ! こ、このバフォメットの中のバフォメットであるマオルメを、一度ならず二度までも愚弄し、辱めるとは……!! 許し難い、ええい許し難いぞッ」
 角を生やす少女は腕を振り、怒りを示す。そしてヴァーチャーに鋭く爪を指し示すのだった。
「お主、四方や忘れたとは言わさんぞ! イバラクアの武闘会で、卑怯な手を使って儂を陥れた事をッ」
「ゴブゴーブ(忘れた)」
「はうっ!? ゴブリン語で言われた!?」
「教祖様、このままでは相手のペースに引き込まれてしまいます! 此処は一つ……」
「うむっ! 恐れ多くも儂を馬鹿にする愚か者には、可哀そうじゃが、直接痛い目を見て理解してもらわねばならぬ。喰らえッ、嘗て大陸を欠けさせた程の儂の秘術   」
「飴、舐める?」
「うむ、頂こう」
「教祖様ーッ!?」
 嘗て大陸を欠けさせた程の秘術が、一個の飴に負けた瞬間だった。
「儂、イチゴ味がいいッ!」
「あ、バフォ様だけ、ズルイ! だったら私、メロンとレモンとイチゴとミルクとピーチとブドウとマンゴー……特にバナナ味が欲しい! あ、ハッカは要らない」
「コーヒー味とか、ある? 一個だけ欲しいな」
「ちょっと、教祖様のみならず、貴方達まで……!?」
「はい! レインちゃんも食べなよ♪」
 屈託のない笑顔で(ハッカ味の)飴を差し出されるが、レインと呼ばれた魔女は露骨に嫌な顔をした。
「要らないわよ! そんな、男が持っていたものなんて、口に入れたくもない!」
「むにゅ〜。レインちゃんは男の人、苦手なんだっけ」
「苦手じゃなくて、滅びればいいと思っているわ」
「む……重症だった」
 飴を口の中で転がし、上機嫌に微笑むバフォメットと魔女達。だが其処で当初の目的を忘れかけている事に気付く。
「ぬッ! しまった、儂とした事が、すっかり相手のペースに乗せられてしまっておったわ!」
「教祖様……やっと気が付きましたか」
「じゃが此処からが本番じゃ! 儂の姿を前にして、バフォメットの恐ろしさをしかと脳裏に刻み込むがいい   って、おらんしッ!!?」
 彼女が元気に威勢を張る以前に、ヴァーチャーは忽然と姿を消していた。魔女達の冷めきった視線がマオルメに集まる。
「だ、大丈夫じゃ……彼奴に渡した会員証が居場所を教えてくれるのを忘れたのか? その為に本来必要な過酷な試験をすっ飛ばしてまで奴に渡したのじゃからなッ」
「いや、そうじゃなくて……一応サバト公認のお兄ちゃんと言う事なので、バフォ様が敢えて入れ込む必要はないかと。他に示しが付きませんから」
「むむう」
「それにそろそろ貰ったお休みも終わる頃ですしー」
「魔界に帰りましょう、教祖様! もう汚らわしい男なんかを追うのは止しましょう! 無垢な御身が汚れてしまいます」
 三人の魔女にそう進言されるが、マオルメは拗ねてしまう。
「嫌じゃ! 馬鹿にされたまま魔界になぞ帰りとうないわ!」
「いや、でも休暇が」
「きゅ、休暇なんぞ、儂ぐらいの実力者にかかればどうという事はないッ。儂が帰るまでが休暇なのじゃ! 良いな?」 
 魔女達が苦笑を浮かべるが、当の本人はそんな事よりも追跡を続ける気満々だった。
「帰るまでが遠足みたい
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