【因縁に引導を】
やっと此処まで来た。
長い年月、貴様を追い求めて生きてきた俺の人生。やっとその煩わしい因果を断ち切る事が出来る。
そう感慨に耽る俺は、来るべき決戦ともいうべき時を前に体を震わせていた。
空を見上げると、夕日が辺りをすっかりと焼き尽くしている。
ふふ、そうだ。その調子で太陽よ、沈むがいい。
何せ、夜になってくれなければ困るのだ。
沈んでもらわねば困る。
無理矢理気を大きくしてそんな事を考えていると、背後から感情の薄い女の声が聞こえてくる。
「マスター。協力者の方々が段取りの確認をしたいと」
振り返る。其処には透き通るような白の肌、髪を持つ、年のころ十六、七の少女。冷淡な口調で、いつも俺を好き勝手言ってくれる連れ合いが居た。
いつもながら惚れ惚れとする可憐さをたたえる彼女。彼女の周りでは、絶えず光の精が輪舞曲を踊る。
だが、彼女は人間ではなく ゴーレムの一種、だ。
一般的に図鑑等で見られるゴーレムは土色の肌に、一部剥き出しの岩盤が見られる。
それはある程度ルーンを刻みやすいよう、肩や背中に見受けられるのだが、彼女はその点でも特別だった。
彼女には首筋を囲むようにルーン文字が刻まれている。面積が小さいにも関わらず、一際綿密に描いたそれは、多くの芸術かぶれを唸らせる。
そして、それを傷付ける事はゴーレムにとって一大事である。よって白磁の肌を包む純白の衣には不釣り合いな事に、首筋には無骨な鋼鉄のギプスを着けている。
「……」
「……マスター?」
俺は、この土くれで出来ている女に対し、ふと浮かんだ疑問を問うてみる。
「ソニア、貴様は平気か?」
「何がでしょうか。さっぱり、見当がつきません」
見た目を裏切って、相変わらずなんと可愛げのない。俺が何を問うているのか、判っているだろうに、そんな風に返してきた。
俺は笑ってしまう。彼女のこの態度は、今まで一時も変わった事がない。ついつい、心が落ち着いてしまった自分が可笑しかった。
彼女は、およそゴーレムという存在に許された完成度というものは優に超している。
技術者、錬金術師諸共が、“人間”を作り出すという神の真似事に手を染め生まれた中でも、彼女ほどのゴーレムは他に類を見ない。
恐らく ソニアは、この世界で最高峰に数えられるゴーレムだろう。
無論の事、性能、技能、細部に渡る卓越したチューン。その全てを指して完成度と言わしめるのだろうが、俺が言いたい意味からすれば、それは只単に人間に近いというだけ。価値があるかといえば別物だ。少なくとも、俺にとっては。
俺はそんな風に目の前の、一見すると少女である彼女を誇らしく思う。
「ソニア」
「なんでしょうか」
ソニアは首を傾げる。
「……俺は、あの男を、殺さなければならない」
俺の言葉を沈鬱とした表情で聞くソニア。まるで鳥の囀りに意味を探すかのように、静か。
ならばと俺は囀り続ける。
「俺は判っていたつもりだった。数百年前からずっと、それしか方法はないのだと。奴を忌まわしき呪縛から解き放つには、それしかないと。だが……」
訴える、自身の胸に痛みが走る。
「ソニア……俺は、奴に押し付けたままなのだ。奴に全てを押し付けたまま、奴を」
そうだ。俺は……間違えただけじゃない。その間違いを、うやむやにしてしまおうとしている……。
全て奴に背負わせて、闇に葬ろうと……。
「だから、それは、それは何と身勝手な事だろうと……思う、のだ」
声が震える。まだ行動を起こしてもいないと言うのに、罪悪感が募る。
俺は震える手で、懐から一つの指輪を取り出した。
これは、俺が嵌めるべきものではない。填めようとも思わない。何より、この指輪はそれを望まない。この指輪を嵌めるに相応しい者は只一人。
その只一人を、今宵、闇に葬る。
不意に、ソニアが震える俺の手を、か細い指を携えた手でそっと包む。
突然の事で驚いたが、じっと見詰めてくる彼女の瞳には責念はない。それどころか、まるで極上の真珠が埋め込まれているかのように、優しく光った。
「マスター、ならば教えて下さい」
「……?」
ソニアは、俺の身体にそっと抱き添った。
「 貴方様が……あの方を救わないで、誰が救ってくれるのですか……」
「ソニア……」
一時見せた、ソニアの悲壮。
作られし者が見せた悲しみ。
ゴーレムの感情は全てが作りモノだ。
小さな女の子が、人形に抱く感情のようなもの。
人に見立てただけの虚像。
彼女と出会った頃は、そんな風に思っていた。
だが……だが、だ。ソニアが、今、何の為に俺に抱き寄り、何の為にこれほど感情の輝きを明らかに示すのか。
俺は、思い出すのに時間が掛かった。
「……
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