「エルロイ! 起きろーっ」
パァン ッ
深い意識の底からエルロイを急浮上させたのは、そんなチェルニーの叫び声と痛烈なビンタだった。一瞬意識が浮きすぎて何処か遠い場所に飛んでいってしまいそうな感覚に陥りながらも、エルロイは目の前の白玉の肌に目を照らされる。
「……ぁんだよ」
昨日は計七発という男にとっての重労働を課せられ、ぐっすりと体力を回復させたかったエルロイは、強引な起こされ方に不機嫌な表情をする。だがそんなことは意に介さぬといった感じで、チェルニーは薄い胸を張る。
「ふふふ、今日の試合は私が指揮をするぞ!」
「………」
「私が! 指揮を! す・る・ん・だ・ぞっ」
そう言いながら顔を迫らせて来るチェルニーに、思わず「知ってるよっ」と声を挙げたくなるエルロイだったが、この女にそんなことで怒っても大して実りのある結果は迎えられないだろう。
「私に掛かればお前を相手の女に触れさせもせずに勝利に導けるっ」
「あーそーかい、よかったね」
その自信は何処から沸いてくるのか、小一時間、問い詰めたい。 エルロイはそんな風に思ったが、チェルニーはそんな彼の態度に表情を曇らせた。
「なんだ、その期待ゼロの態度!? 私が貴様のセコンドに立つのだぞ!? このわ・た・し・が」
エルロイにとって、森の中に居た所為で世間を知らずにいたチェルニーが自分の参謀に立つ事自体が不安で仕方が無い。寧ろ、無茶苦茶だが、きちんと勝利の道筋を立てているヴァーチャーの方が参謀としては向いているし、今の所適任だろうと思われる場面だ。
それにしても、今のチェルニーの表情は自信に満ち溢れていた。根拠がないのは判っている。だが、何かしらの手は講じているものとエルロイは見立てた。頼むから、何か用意していてくれと祈りながらこう尋ねる。
「……なんだか、自信有り気だな。何か策でも考えたのか? ふあぁ」
「ふふふ。まぁ、会場に出てのお楽しみだ」
普通、策と言えば、戦場に立つものこそが理解していなければならない筈なのだが。エルロイ自身、チェルニーが何故そんな出し惜しみをするのか判らなかったが、多分ヴァーチャーの真似事なのだろう。……一層、不安がよぎる。
「それよりも、起きろ。朝食だ」
エルロイが時計を見ると、その針は確かに遅めの朝を告げていた。が、そう思った瞬間、鼻を抉るえもいわれぬ悪臭に気付く。ゆっくりエルロイが目を向けていくと、チェルニーが用意したと思われる朝食の皿の上には、何か黒いものが乗っかっていたのだった。…エルロイは直感した。匂いの元は、あの異物だ。
「……チェルニー」
「なんだ?」
「腹、減ってねぇんだが」
するとチェルニーは眉を顰める。エルロイは其処で気付くのだが、チェルニーの今の服装は何時もの葉をあしらったものではなく、一般的なエプロンドレスであったのだった。
「なんだと? 折角私が作ってやったというのにっ」
「ところで、その黒い物体はどういうテーマで作ったモノなんだ?」
「テーマ? まぁ、精が付くようにと思って作ったんだが」
エルロイは確信した。チェルニーの奴、ヴァーチャーの講じた策を、何の理解もなく真似ているだけだ。つくづく……なんて言おうか……
「 馬っ鹿じゃねぇの」
「なんだとぅっ!? 折角私が丹精込めて作ってやったというのに、食べないのかっ」
途端にチェルニーの目に光るものが映る。やっていることは褒められたものでは無いが、その気持ち自体に感謝する気持ちは、いくらエルロイでも持ち合わせていた。
「……食わねぇとは言ってねぇよ。 畜生っ」
オオォォォ…ッ
会場に熱気が篭る。相変わらず見受けられるのは男ばかり。エルロイは妙な気分に苛まれる。
「……なんか、俺の回だけ盛り上がってないか?」
「そうだな。昨日の逆転劇で、注目を浴びているらしいからな。(ボソッ)私だけのエルロイが汚らわしいウジ虫共の見世物になっているのは気に食わんが」
「ん。なんか言ったかぁ?」
「な、なにもっ」
顔を赤くして否定するチェルニーに、エルロイは何かを感じ取ったが、今は試合の事だけを考える事にする。あともう直ぐで会場に立たなければならない。……其処で、今日はどんな痴態を晒す事に成るのだろうか ?
憂鬱な気分になりながらも、選手入場口の廊下で丹念に体を解すエルロイ。その締まった体にうっとりと瞳を蕩けさせているチェルニー。そんな二人に近付く影があった。
「……ん?」
複数の乾いた足音がこのトンネルに反響する。その中には堅い蹄が石畳を蹴る音も混じっている。エルロイが顔を上げると、其処には目深な帽子を被った吟遊詩人と、二頭のミノタウロスが悠然と立っていたのだった。
「おはようございます、エルロイさん」
吟遊詩人がまるで琴の音を響か
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