前篇

 昨日降り注いだ煩わしい雨も、今日になっては消え失せて、今じゃお天道様が空を照らしてくれている。そんな迷惑な雨の所為で、この村から出立する筈だった俺の予定は狂わせられたのだ。雨に濡れて野宿する馬鹿が他にいるとも思えない俺は、やせっぽちの財布からなけなしの金を叩き付けてボロ宿で雨を凌ぐ必要があった。お蔭で、今回の目的地での野宿が決定する。
 此処は寂れた村だ。取り立てて何もない。田舎っていうのも面白いと思ったが、端から何もする気の起きない俺が、只でさえ何も無い環境に歩みを進めてどうすんだ。
 ということで、俺は少しは活気のある方向に行く事にした。別に目的なんかない。俺は只、自分に舞い込むであろう幸運を探して歩いているのだ。

 昨日の雨はあの何も無い村だけに、理不尽に降り注いだ訳では無いらしい。この明るい森の、水分を含んでぬかるむ地面や露を乗せて煌く葉。それだけなら別にどうってことはない。だが雨は止んだっていうのに、今更木の葉から落ちてくる露が俺の体を濡らしてくるのにはイラついた。
    なんで今更俺に落ちてくるんだよ。俺はその所為で金を使い果たす事になったんだぞ。
 濡れたくないから雨露を凌ぐのに金を払った。なのに今更濡れてちゃ、全く意味が無い。俺は苛立ちながらぬかるんだ地面を歩く。…また雫が俺の髪に落ちてきやがった。ジジイみたいに枯れた白髪を掻き揚げて、雫を飛ばす。生まれついてから体が白く、髪も目も白い俺は自分が特別な存在だと疑って止まなかった時期があった。まぁ、餓鬼の頃の話だ。今は泣かず飛ばずのどうしようもない野郎さ。
 俺は腰に携える金属で作った扇を広げた。故郷からずっと連れ添って来た、謂わば相棒と呼んでもいい物だが、俺は大して愛着は抱いていない。木の下を通りかかるときはそれで降り注ぐ露を凌いでやる。そうやっているってのに、態々的の小さい俺の手に掛かる露もあって、イラッとした。



 あるとき、一本道だったのが二つに分かれた。こういう時、分かれ目のところに立て札を立ててあるもんなんだが、俺の周りにそれらしき物はない。俺は思わず掲げていた扇を閉じて、顎を押さえる。
「……チッ、道しるべぐらい立てろよな」
 誰も通り過ぎないこんな場所。それでも立て札を立てる立場にあっただろう、見知らぬ誰かに対して、そう悪態を吐く。そういえば最近独り言が多くなってきた。まさか、この俺が人恋しいと思っているのか? はっ。アホらしい。
 一人そう自嘲して、両方の道を見比べる。鏡写ししたように対称関係にあるその両方の道を見比べて、何も判りはしない癖に、俺は左の道を注意深く凝視する。そして、思い立ったが閉じた扇を振り上げ……向きなおして、右の道に扇の先を向けるのだ。
「   こっちだ!」
 一人で何をやっているんだろう。と一瞬悲しくなるが、一瞬で忘れる。俺は右の道を進みながら、落ちてくる露に地団太を踏むのだ。

    ……おかしい。絶対、おかしいぞ……っ。次の町へは昼頃に着く予定だった。
 村で一通り次の町への道を訊き、其処に着くまでにどれぐらい太陽が動くかも把握した筈だ。話に寄れば、太陽が真上に来る前には着く……筈。
 行けども行けども道は過酷になっていく。あの時素直な一本道に見えた筈のこの道は、とんでもない食わせ者だったのだ。紆余曲折、途中では道さえも無くなって木の隙間を通り抜ける羽目にもなった。ていうか、道が無くなってるなー、と思った時点でこの事に気付くべきだったのだ。   道を間違えたという事に。
 俺は不安や後悔に苛まれ、歩みを落としていた。太陽はもう夕刻を告げている。一番明るかった時刻はとっくに過ぎているのだ。その事が更に俺の足を重くした。
「くぅ〜。まさかこんな地面で野宿は勘弁だぞ……」
 只でさえ足が重くなっているというのに、このぬかるんだ地面は更に俺の足を掴んでくる。若干、掴む強さも厳しくなってきているのは気の所為だろうか。
「まぁ、魔物に襲われないだけまだマシか」
 そうだ。この場所は正しく魔物が出かねない場所なのだ。だからこそさっさと通り抜けたかったのだ。俺は、一応冒険者と名乗ってはいるが、初心者向けのダンジョンにすら入った事は無い。実戦経験はなくもないが、魔物とやりあった事は一度も無い。俺の運は良くなるのか、これから悪くなるのか……。どちらにせよ、俺はもう既に不幸の予兆を感じ取っていた。
 くそっ。これも全部、道に立て札を立てなかった奴の所為だ!
 俺は魔物との遭遇に焦るばかりで、足を働かせることはなかった。

 やがて性悪な道は素直に真直ぐになった。俺は先が見える喜びのまま少しだけ歩くスピードを速める。考えてみれば、俺も馬鹿だ。道を間違えているのに、その先に目的地である町がある保障は無い。だがこの時の俺は取り敢えず今日
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