あの一件があってから、俺達の周りに教会の影は綺麗に消え去った。
恐らく、俺に固執していたのはあの貴族だけだったのだろう。奴が死んだ以上、教会は俺達と関わろうはしない筈だ。いや、最近ではそれどころか、噂の中にさえ南洋正教会の名を聞く事はなくなっていた。
ただ、何処の馬の骨とも知らぬ東洋人が、教会の幹部になった……という話を聞いたくらいだ。
思わぬ形で故郷の仇を討つことが出来たエリスは、あれからずっと上機嫌だ。そんなエリスを誘って、俺は改めて彼女の武器を選びに町を歩いていた。照りつける日差しが白の街を輝かせる。
結局、ヴァーチャーと名乗る傭兵の正体と行動の目的は判らずじまいだが、一先ずは今の平穏を満喫しなければな 。
「主殿っ」
ぼんやりとあの一件の事を思い返していると、エリスが不意に声を掛けてくる。そして、大事そうに抱えたショートソードを、俺にどうだ、と見せてくるのだった。
「決まりましたっ。エリスはやはり……主殿と同じ武器を持ちたいでありまする!」
「そうか」
あれからも、エリスの腕は微塵の成長も見せない。本当なら、教え甲斐などあったものじゃない、と言うべきなのかも知れないが、今の俺にはそんな事、どうでもよかった。
俺はエリスが持っている剣と同じデザインで規格違いのものを手に取る。エリスは目を丸くするが、彼女の前でそれを掲げてみせる。
「なら俺もエリスと同じ武器を持とう」
「あうっ!? うぅ、責任重大でありまする……」
そう気負うという事は、長い付き合いの俺には判っていた。一笑に伏した後、俺はエリスの頭を撫でる。
「ん、大丈夫だ。エリスが選んだ剣。鈍らである筈がない」
「……むぅ」
結局規格違いの同じ剣を購入し、町を散策する俺達。なめらかな風が頬を撫でる。
「なぁ、所で」
ずっと話を切り出すタイミングを伺っていた俺は、店を出てからずっと難しい顔をしたままのエリスに言う。
「はい、何でしょうか、主殿」
「そう、それ」
「?」
「何故、俺を主殿と呼ぶんだ? 普通、師匠……とか、だろ?」
すると、エリスは今しがた買ったばかりの剣を胸にギュッと抱いて、顔を赤くするのだった。一瞬不思議に思ったが、エリスが出会ったばかりの俺に向けたある誤解を思い出し、まさかと苦笑する。
「あー、判った。クロウドア戦記の剣帝が、そんな風に呼ばれていたんだろ?」
「ギクッ」
今、口で言っただろ。思わず笑ってしまう。
「ははは、たかが名前が同じだけだろ?」
するとエリスは突然怒り出すのだった。
「ち、違うでありまする! 主殿は勘違いなされているでありまするっ」
「へ? 何が?」
「エ、エリスも苦悩したのでありまするっ。師匠と呼ぶと一線を越えるのは難しそうでありましたし、旦那様と呼ぶのはちょっと気が早い気がしたのでありましてっ。別に安直に主殿と呼ぶようになったのではありませぬ!」
そう必死に言い訳するエリス。本音が駄々漏れだが、指摘すれば泣き出してしまいそうなので止めておこう。
「じゃあ名前で呼べばいいじゃないか。スヴェンさん、とか」
「その発想はなかったでありまする」
いや、まず最初に思いつく発想だと思うんだが。
エリスは逆に、俺に問い返す。
「え、と……。じゃあ、今度はエリスが質問する番でするね」
「うん?」
「主殿。主殿は、どうしてエリスを弟子にしてくれたのでするか? いえ、決闘に負けた云々ではなく……その」
上手く言い表せないでいる様子のエリスに先回りして俺が答えるには。
「ああ。それは非力な女の子が、あからさまに適わない相手に復讐しようとしていたのを止める為だ。傍にいて、それとなく教会から離れていれば、そんな機会は一生来ない筈だったのだけど……」
「むぅ。それで教会関連の仕事は請け負わなかったのでするね。主殿のご配慮は誠に痛み入りまするが……」
エリスが複雑な心境を語る。だが、今の俺の口から言える言葉はまだ続くのだった。
「あの時はそんな程度の認識だった。だが、今は違うと思っている」
「?」
「俺の剣には愛するべき人が必要だったんだ。世界でその人の為だけに、俺の剣はあるんだ。俺は騎士として、この剣をその人に捧げたい」
そう。神に捧げるのではなく、その人の為だからこそのという、誇り。
「みゅぅ。……あ! そ、そうでありまするっ。 主殿、此方へ……!」
俺が真面目に話をしているのに、何故か赤くなったと思ったら、急に何かを思い出したようにエリスが俺の手を掴む。急に結ばれた手に驚きはしたが、今更振り解くことはしない。彼女に引っ張られて連れて来られたのは、小さな雑貨店の前だった。
「はいっ。主殿!」
何故こんな所に連れてきたのか考えあぐねている俺に、店から出てきたエリスは何かを手渡す。
それは、決して
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