「 趣味が悪いな」
何処か遠くで、聞いた事のない男の人の声がする。エリスはぼんやりとした意識の中で、微かに耳に神経を集中させる。すると、傲慢が見え隠れする別の男の人の声が聞こえる。
「ふん。傭兵如きに言われる筋合いはないわ。精々、払った金分は働いてもらうからな」
何故か此方の人の声は、耳障りに思った。
「へいへい、こっちも商売や。汚い金でも、貰えれば幾らでも働いてやんよ」
蔑みを込めた変な喋り方の声に、疑わしく返される嫌な声。
「く、減らず口の多い犬だ。本当に貴様があの有名なヴァーチャーなのか?」
「何で有名かは知らんが、ヴァーチャーといえば、名乗るのは俺ぐらいやないかな?」
「……どちらでもいい。奴に適わないとしたら、死ぬのはお前だからな」
「はっ。俺を殺せる奴がいるのかねぇ? 居たとしたら重畳、重畳」
不気味な笑い声。其れを聞いて相手の人が舌打ちをするのが聞こえた。其処でやっと私は意識を完全に取り戻す。
「え…… 」
目を開く。目の前には左右対称に並べられた長いす。中央には赤い絨毯が奥の扉まで伸びている。状況が飲み込めないままに頭を掻こうとするが、がたがたと音を立てただけで、一向に腕は動かない。頭を下げると、椅子に座らされ、挙句縄で縛られているエリスの身体が見えた。
「目覚めたようだな、トカゲが」
頭の後ろからそんな声を聞く。首を後ろに曲げて声の主を確かめてみる。豪華な装飾品を身に付け、それを鼻にかけた態度の貴族っぽい男の人が其処には立っていた。そして、そのエリスを見る目は、エリスを矮小に見下す目だと直ぐに判った。
「ふふ……何か、言いたい事はあるか」
そう問われたので、折角だから訊いて見る。
「……此処は何処でするか。何故、エリスを縛っているのでする?」
すると無視するようにそっぽを向くこの男の代わりに、その横に居る別の男の人が答える。
「此処は教会や。君には人質になってもらっている最中」
「! 余計な事を喋るなっ」
「いや、アンタが訊いたんやろうが」
「私は『言いたい事はあるか?』と言っただけだ。答えるとは言っていないぞ。って、そんなことはどうでもいいっ。貴様、傭兵の分際ででしゃばるなっ。出番が来た時だけ出て来い! 判ったな」
怒号が、教会によく響く。頭がグワングワンになるエリス。
「……吃驚するくらいつまらん揚げ足取りを……。わーかった、判ったよ。ゆっくりしときますよ〜」
そうおどけた様子で低い段差を下りていく変な喋りの人。ふと何かを思い出したように振り返り、エリスに告げる。
「あ、あと君ぃ。……ゆっくりしていってね!」
最後にそう言われたけど、ゆっくりも何もないもんだと思った。
エリスの視界に入る長いすの一番手前に座った男の人を改めて見る。黒髪で鼻の低い、目の鋭い人だ。どうやら、異国の人らしい。
「エリスは何故人質にされているのでするか?」
どちらかと言うと話してくれそうなのはあの異人さんなので、そう声を掛けてみる。けれど、その方はもう私と口を訊いてくれない様子。代わりに後ろに居る嫌な感じの男の人が答える。
「貴様を餌にすれば、グリューネヴァルト“も”手中に収める事が出来るからなぁ」
「? ぐりゅー、ね? ばる、と……?」
「スヴェン=グリューネヴァルト」
その名前を告げられ、初めて主殿のフルネームを知った。
「嘗て南洋において、大量虐殺の罪で投獄された男の名だ。そう、貴様等の集落を襲った、な」
「!!」
「どうだ。今まで連れ添った男が、貴様の仇だった感想は」
そう問われてもイマイチよく判らなかったけれど、この人はエリスが真犯人を知らないと思い込んでいるよう。だから、はっきりとこう言って返す。
「主殿はそのようなこと、していないでありまするっ。本当は、貴方達がエリス達を襲って、その罪を主殿に擦り付けたのでありますっ」
するとこの男は白々しく眉を上げる。
「ほう。知っていたのか。それはつまらんな。てっきり、貴様が生き残ったのは真実を見ていないからだと思っていたのだが」
「な……っ!」
エリスの反応を見て楽しもうとしていたのか。エリスは腸が煮えくり返る思いがしながらも、今の自分の状況を思い返して、情けなくなる。
急に暴れるのを止めたエリスを変に思ったのか、敵は言う。
「どうした。言っておくが、あの男が元々教会の騎士だったのには変わりないのだぞ」
「!」
元騎士。その意味が此処で繋がった。
主殿が、元々南洋正教会の騎士……その事実には、少なからず衝撃を受けた。
そんなエリスの様子を見て、後ろから笑いを押し殺す声が聞こえる。前に居る異人さんは後ろの人の様子を見て明らかに嫌な顔をしていた。……そんな時だった。
「のほぉっ」
バァンッ
悲鳴が聞こえたと思った瞬間、遠
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