とある岩山のとある戦場。太陽が沈みかけ、空が真赤に燃え上がる頃。此処で争う二つの軍勢は、雌雄を決し終えたばかりだった。
燃え上がる兵糧を背後に、敗残兵達は各々岩山を敗走していた。
「くそぅ! 彼奴等、追って来やがるっ」
ある纏まった敗走集団の中で、一人の傭兵風の男が叫ぶと、足を引き摺り体を支えあいながら進む彼等は次々と悲鳴を上げ始める。
「勘弁してくれよっ。もう俺達の負けでこの国はお終いなんだから、俺らにトドメを刺す意味ねぇじゃねぇかよぉ」
「くそぉ! 折角開戦前、彼女の写真にこの戦争が終わったら結婚しようって誓ったのに……っ。果たせぬ誓いなんて、しなければ良かったっ」
「なんか知らんが、負けた原因はお前一人にあると思えてきたぜ!」
だがそんな中でも彼等の背後からは、勝利の確信に酔い痴れ、嬉々として残党狩りを行う敵軍の兵士が迫ってくる。足を負傷した者も引き連れている所為で、追い付かれるのは必至だった。
誰もが絶望し掛けた、そんな時、一人の敗残兵が前方に何かの姿を見付けて目を細める。そしてその表情は見る見るうちに青褪めていくのだった。
「あ、あれは っ!」
指差して叫ぶ。他の兵士もそれに釣られて重たい顔を上げる。彼等の行く末には、一人の剣士が悠然と歩んで来ているのだった。
「あ、あれは……け、けけけ……っ」
足を負傷している一人の男が声を振るわせ始める。肩を貸す男が、訝しげにこう尋ねる。
「なんだ!? あの野郎を知っているのか!?」
次の瞬間、男の声が岩山に木霊する。
「 剣帝っ!!?」
その言葉に場は色めき立つ。 剣帝。此処最近急激に名を上げたある傭兵の仇名だ。
彼は敗残兵達に絶望を与えた。彼が立ち塞がる道を、無事に通り抜けられる者など此処にはいない。皆一様に、死神が自分達を迎えに来た、といった心境に陥った。
そして不幸な事に、この山道は片方が絶壁であり、もう片方は深い崖。進むか戻るかしか選択肢を与えられていない状態で、敗走経路は剣帝の立ち塞がる道のみ。かといって彼を避けて下がろうものならば、敵軍の残党狩りに搗ち合ってしまう。
前門の虎、後門の狼であった。すっかり士気が落ち、槍を握る気力も無い傭兵達は愕然としながら足を折る。
「もう駄目だ…もう戦えねぇぇ……!」
「しっかりしろっ!」
「 え?」
その時、思わず声を挙げる者が居た。塞がれていた筈の道が、何時の間にか空いているのだ。そして自分達の横を、悠然と死神が通り抜ける。
思わず振り返って、兵士はもう一度驚く。一人かと思っていた剣帝の背後には、まだあどけなさを残す少女がぽてぽてと付いて行っていたのだった。
「あ、主殿〜。大丈夫でありまするか? 相手は圧倒的な兵力を有しておりまするぞ」
「それがどうした」
「どうしたって……あうぅ」
「俺達の仕事は、兵士達を一人でも多く逃がす事だぞ。相手を全滅させる訳じゃない」
「そうでありまするが、怪我とか大丈夫なのでありまするか……っ? な、何かあったら、是非とも遠慮なしにエリスに言って下され……っ!?」
そう言って、心配そうに縋り付く少女に、剣帝は微笑みかける。その和やか雰囲気に目を丸くしている兵士達を尻目に、下山していく二人。
その先には一つの吊り橋がある。
――――――――――
ガチャガチャガチャッ
鎧の合唱が響く。戦場の勝利者である兵団が、残党狩りの為に岩山を登って来たのだ。見る限りではこの戦で負けた兵士達とは比べ物にならないほど体格の良い者が揃っている。その一番先頭には、一際大きな姿があった。
「やれやれ。大人しく投降すれば命だけは助けてやるものを。馬鹿な奴らめ。お陰で私がこんな役をやらされる羽目に……」
騎乗用ドラゴンに跨る壮年の男がぼやく。見るだけで俗物っぽさの漂う男だった。
そんな時、ドラゴンの瞳が鋭くなる。男の目に、実に不可思議な光景が映った。
吊り橋に差し掛かると、其処には一つの影が立っていた。……まるで、その場所を守っているかのように。
「 止まれっ」
そう指示が飛ぶ。足を止める一団を背に、先頭の男は目を凝らす。……確かに、吊り橋の前で一人の剣士を仁王立ちしている。
「貴様、何のつもりだ?」
一団から前に歩み出し、男が尋ねる。すると、その剣士はこう返す。
「見て判らないのか」
剣士の目が男を捉える。男は不快そうに顔を顰める。
「判らんなぁ。死にたいという事なら、察してやれるが」
「生憎、死ぬ気など更々ない」
だからと言って命乞いをするつもりもない、と言いたげに鋭い眼光を飛ばす剣士。当初、男は彼を敗残兵の一人と踏んでいたが、此処で傭兵だと察する。
「……若造。お遊びも大概にしろ。圧倒的な兵力差を前に、この国の農民兵共は束になっても勝
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