気付けば、俺は血の海に沈んだあの集落の真ん中に居た。今はもう惨状は片付けられていて、それらしいのは壊された建物ぐらいしか目に入らない。
「……なんで俺、こんなトコに来たんだろ……」
虚ろな気分でそう呟く。見上げた空にはぽっかりと月が浮かんでいた。独房で見上げた時よりも、気の所為か綺麗に見える。
ああ、なんて綺麗なのだろう……
「……! ……なんで……俺……」
泣いているんだ?
月が綺麗だった。そんなことで泣くような男じゃなかった筈だ。でも、両手で押さえようとしても、雫が止め処なく落ちてくる。
もう、いいんだ。何もかも。信じるものなんてなくした。全部から逃げ出してきた。何時かの最強の座から、俺は丸裸にされて、月を見て泣くほどに弱ってしまったのだ。
それでもいい。只、泣かせてくれ。自分を見守ってくれるのは、自分だけでいい 。
追い詰められた人間が至る思考とは、酷く稚拙なものだと、この時知った。挙句全身から力が抜け、大量の血が染み込んだ地面に膝を付く。
そして顔を抑えて、思い切り…… 噎び泣いた。
どれほど泣いていただろう。終いには涙は枯れ果てて、地面には水溜りが出来ていた。
「うぅ……っくぅ……ふ……っ!」
「 」
ふと頭の先に人の気配を感じる。きっと、今の俺の顔は涙でグチャグチャになって、みっともないだろう。だが、もうそんなものはどうでもいい。誰に見られたって構わない。俺は、顔を上げる。
其処には、月光に照らされて佇む少女の姿があった。
「あっ」
「………」
目が合うと、少女は少しだけ困ったような顔になった。潤みを帯びた円らな瞳に俺の弱々しい姿が映り込んでいる。
顔を泣き腫らした男が自分を見ているのを察してか、少女は両手をおずっと口元に寄せる。
「あ、あのぅ……」
見た目十二歳ほど。赤い髪を後ろに束ねたその少女は、心配するかのように声を掛けてきた。俺はボロに等しい囚人服の、汚れた袖で涙を拭った。
「……ごめ……っ。も、もう……行くから」
「あ っ」
俺は彼女に迷惑になると思い、空元気を出して立ち上がる。改めて少女を見ると、その背後には爬虫類の尻尾が見えていた。
リザードマンの女の子。生き残り。
別に、だからと言って……
そう思った途端、嫌でも思い出したのがあの少女の死体。最初に目に付いた犠牲者の姿。その無残な有様と紅が、目の前で瞳を潤ませる少女と髪の色にダブってしまう。
俺は大袈裟に首を振ってから、両手で頬をパチンと叩く。少女はその音にもビクリと身を震わす。俺は、そんな少女から逃げ出したいという気持ちに駆られるままに背を向けた。
「あ、あのっ!?」
「 っ!」
引き止める声。だが俺はそんな少女の声にさえ怯えてしまい、真夜中の森に全力で駆け出す。
森に堆積する腐葉土を踏み進め、森の中央部くらいで足を止める。
俺は、何処に行こうとしていたのだろう?
そもそも、何故あの集落に足が向いたのかも判らない。全てを失った俺にとって、何処にも帰る場所は無い。かといって、奴等の道具にされるのはまっぴらだ。このまま自宅に帰れば、どうなるか見え透いている。
……死にたい。でも、それももう遅いのだ。もう俺は神なんて信じちゃ居ない。信じている間に首が離れれば、俺は安心して召される筈だった。だが、イタズラに生きるよりも、死んでしまった方がこの際マシなのかもしれない
この地獄のような欠如感は、順調に俺の心を蝕んでいく。この身なりでは町も歩けない。いっそ、森で暮らすか? いや、どうせ魔物の餌になるだけだ。
……それでもいい、か。よほど、マシな最後だ。
何を考えるにしても、“死”がチラつくようになる。だがそんな時、嘗て何かの為に必死になって磨いた勘という奴が疼き始めるのだった。
ガサッ
どうやら、付けられているらしい。この感じだと、先程あの集落で出会った少女だろう。彼女も立派な魔物だ。きっと俺を取って食おうという算段なのだろう。
だが何時まで経っても襲い掛かってこない。ずっと後ろを向けているというのに、だ。背後の木の幹から此方の様子を伺ってばかり。それどころか、殺気すら微塵も感じられない。
捕食が目的ではない? では、何故俺なんかを付け狙う 。
俺はもううんざりな思考の渦に巻き込まれる。やがて弱った心は悲鳴を挙げて、考えるのを放棄した。
「 !」
ダッ
俺は走り出した。彼女を撒けば、この疑問は考えなくて済む。
「! あうぅっ!?」
彼女は間抜けな声を挙げて追いかけてくる。だが未成熟な体では回転数の次元から追い着ける筈が無い。例え相手がリザードマンでも、だ。
ダッダッダッダッ……
結
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