「 此方です」
囁く女性の声が聞こえたのはきっと幻聴なのだと、青年は思った。
路地裏の、ゴミしか落ちていない地面に魔法陣が浮かぶ。魔法陣から黒い蔦の様なものが伸び、青年の身体をきつく縛り付けた。
「ッ!? な、なんだ……へがっ!?」
蔦は青年を瞬時に、魔法陣の中に引き摺り込む。曲がり角から風にはためく追跡者の外套がちらりと目に入ったが、それが判った瞬間に青年の意識は途切れた。
そうやって青年は、事情も分からないままにその窮地を脱した。
「 ふぁっ!?」
最後に見えた自分を追う死神の姿。てっきり自分は死んだのだと思い込み、飛び起きる。
意識の浮上と共に、滝のように汗が噴き出た。
「は、はぁ……夢。夢かぁ……ああ、スゲー怖い夢だった……シンプルに追われるだけなのに、リアルで……でも図鑑世界なんだよなぁ。追われてなきゃずっと居たかったのが残念だけど……? あ、れ? まだ、痛む?」
そして、未だに全裸である事に気付く。辺りを見回すと、其処は石壁で囲まれた、明かりはランタンしかない現代とは似ても似つかない部屋だった。
「此処、何処だよ。夢ならそろそろ覚めようぜ」
乾いた笑いを響かせ、青年は無意識に近くに落ちているボロ布を手繰り寄せ腰に巻き、立ち上がる。
「お目覚めですね、お客様」
深い水底から響く様な声に、振り向く。
其処には黒く濁った不定形の身体を人の形態(かたち)に収めた、メイド姿の魔物が佇まっていた。
「お、おおお……」
艶めかしくぬめった表面。メイド服に擬態したそれからも判る豊満で肉付きの良い身体。佇まいの清爽さと漂う淫靡さ。それに頭に伸し掛かる様な誘惑の芳香。悪戯に宙を舞う触手の群れ。
彼女は青年に、楚々と一礼してみせた。
「ショゴス……だ。うわぁ……エロが服を着て歩いてるようだ……」
「……お褒めの言葉と受け取って置きます。その通り、私はショゴスのツァヌプグァと申します。以後お見知りおきを」
「ツァヌ……なんて?」
口でなぞろうとして舌を噛む青年を、一笑に伏し、ツァヌプグァは続ける。
「今から当主様にお会いになって頂きます。我が当主様は、偉大なる魔王様の娘様になりますので……私のことをご存じであるお方であればお判りだと思いますが、くれぐれも失礼のないようにお願いしますね?」
ゾクゾク、と身震いする青年。ツァヌプグァの愛情深いけれど見下す様な視線に甘い電流が走ったのもあるが、「魔王の娘」というワードにどうしようもなく身体が反応したのだ。
「そ、それって。リリムってこと!? わ、わー。行き成りラスボス来ちゃったよー。展開早過ぎるよー。心の準備まだだよー」
「姫様、お客様がお目覚めです」ツァヌプグァが振り向き、声を駆けると、奥の部屋から返事が響く。
「今良い所なの。少し待って頂戴ー」
「良い所……ま、まさか、恋人と真っ最中ってことか……? かぁーっ、恋人持ちかーっ、かぁーっ」
ツァヌプグァが可哀想なものをみる目で青年を見詰める。
「姫様。お客様は大層お姫様に会いたがっている様子です。それこそ、カリ首を長くして……
#9829;」
「カリ首は長くなる部分じゃないと思うよ!?」
想像してちょっと気持ち悪いと思う青年。しかし、彼の突っ込みに誰も耳を傾けることもなく、展開は進んでいく。
「そ、そぉ? 其処まで言うんなら仕方ないわね
#9829; よいしょっと。ふぅ」
吐く溜息まで色っぽい。ああ、紡がれる言葉からですらどんなグラマラスでエロいお姉さんなのだろうと想像が止まらない。甘やかせてくれるタイプだろうか、それとも虐めてくれるタイプだろうか。いやその両方だろうか。がっついても頭を撫でて受け入れてくれそうな母性に似たものすら感じる。青年の脳裏には煩悩が溢れ、それらの妄想を恣意的に口に出すまでにリリムの声の虜になっていた。
「はっ、でもでも、行き成り見るのは刺激が……俺だってシャイボーイなんだ。それこそ全裸で登場されたら俺の精神が保てる保証は何処にもない。此処は薄目で……一回手で隠そう! 出てきたら言って、徐々に見ていくスタイルでいくから!」
「面白いお客様ですね」
ツァヌプグァが興味深そうに目を細める。青年は宣言通り目を手で覆い隠した。
「ん、しょっと」
扉が手で押し開かれる音がする。その途端、部屋の中に淫靡な香りが充満した。
(んほぉ! 匂いだけですでにクライマックスに近い!)
青年は咄嗟に前屈みになる。それをツァヌプグァがこぽこぽと笑っている。
「何してるの? この子」
「さぁ……お姫様のお姿を直視するのは恐れ多いとのことで」
「ふふ……可愛い
#9829; さぁ、遠慮することはないのよ。私の姿を見て……
#9829;」
(あ、ああ……ダメだ、体の抵抗が……)
欲望のコントロ
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