小生が海辺を歩いていると、向こうの岩肌に並んで座る男女を見掛けた。どうやら人魚と人間の青年のカップルの様だ。仲睦まじい会話が嬉しそうに空気を震わせて小生の耳に入る。
「それで、その後どうなったの」
「勿論、万事解決さ。その後、君に会いに行ったんだよ?」
「あ、若しかしてあの時? やだ、言ってくれればよかったのに」
「ははは、いや、心配掛けさせるのも悪いからさ」
「……マイク」
「タチアナ」
見詰め合う二人に、山に沈む夕日が切なく映える。きっと彼等は互いの思いを告げぬまま、また陸と海に分かたれるであろう。
小生は静かに弦を弾く。
♪〜♪……〜♪
「……いい曲ね、マイク」
「……うん」
今の情景を小生は素直に弾いている。たゆたう波音、沈む夕日。浜辺に佇む男女の物語を弦で語るだけ。すると、青年が徐に懐から何かを取り出した。
「タチアナ」
「なぁに」
「これ……」
「! これっ」
人魚の少女の表情が歓喜に色めき立つ。その目に映ったのは何処にも見たことがない輝きを抱く輪だった。小生も嬉しくなってついつい指先を躍らせてしまう。
「うん。ずっと悩んでたんだ。僕等、住む環境が違うだろ? だから、一緒になれないかもしれないって、思っていたんだ。……でも、さ。そんなの関係ないよね。僕が君を好きなのに変わりはないから」
息が詰まるような間。小生も暫く弦を止め、静かなこの音楽に心を震わせる。乙女の表情が絶後の驚きから次第に桜色に変わっていく。その目には決して悲しみなどない涙が浮かんでいた。
「私も……私もよ、マイクっ。私も、貴方の事が好きっ」
「ああ、良かった。タチアナ、此れからは一緒に居よう。お互い、人間とか、魔物とか、関係なく」
「ええ。でも、その前に……ねっ?」
「あ……。う、うんっ!」
乙女がイタズラな笑みを浮かべ、青年をかどわかす。青年は淫魔に魅入られたかのように、乙女の体を抱き締めるのだった。
――――――――――
ふと小生が町の中を歩いていると、噴水の傍でお互いを糾弾する男女を見掛けた。女の方はまだ年若いラミアのようだ。一方、男は少しだらしないように見える。二人の言い争いは人々の目を引いていた。
「 約束破っといて、いい度胸じゃないの!」
「悪かったって言ってるだろ!? そう何度も何度も、しつこいぞ!」
「五月蠅いっ。そもそも、私というものがありながら、他の女に靡くなんて有り得ない!番う前にちゃんと約束したでしょ!?」
「悪いって言ってるだろ! ほんっとしつこいな……そんなんだから、他の女の所に逃げ込みたくなるんだよっ。この蛇女めっ!」
「な…っ!?」
男の一言が響いたようで、強気だった筈のラミアは同情を誘う涙を浮かべた。
「うぅ……。だって、約束したのに……破ったのは貴方なんだから……」
「うっ。な、泣くなよ、面倒臭い」
「 っ! 面倒臭いって何よっ。愛する妻が泣いてるのよ!? 謝るなり慰めるなり、したらどうなの!?」
「だからごめんって!」
「謝ったのは浮気のことだけじゃないっ!」
ふと噴水の枠に座ってそのやり取りを眺めていた小生は、その中にちらりと見えるものを感じ取り、それを探り当てるつもりで琴を取り出した。そして、手探りのまま弦を震わす。
♪〜♪……♪〜♪……♪
「何よ! 貴方の甲斐性無しは今に始まったことじゃないけど、今回ばかりはもう、信じらんないっ」
「おうおう、勝手に言ってろ。俺の方もお前みたいなしつこい蛇から逃げ出せてせいせいするぜ」
「……いい加減、絞め殺されたいのかしら?」
「ああ? 忘れた訳じゃねぇだろ。昔やりあって、どっちが負けて今があるのか」
冗談の気配はない殺気がお互いの距離を引き離す中、次第に小生の周りには通り縋った人々が集まり始めた。
「すごい、すご〜い!」
目の前で小さな少女が目を輝かせて小生の弦の震えを眺めている。小生は嬉しくて微笑みかけると、少女も素晴らしい笑顔を返してくれた。これは掛け替えのない財産だ。自然に小生の喜びが弦に伝わる。
ざわざわざわ
「? ……なんだか騒がしいわね」
「……そうだな」
二人の注意が此方に向けられるのに気付いた小生は、本来の目的を忘れかけていたことにも気付く。慌てて小生は見え隠れする何かを探る。
♪〜〜……♪…♪〜…♪
「……いい曲ね。なんていうか、安らぐわ」
「……そうだな」
「ええ、イライラしていたのが馬鹿みたい」
「……なぁ、本当にゴメンな」
「っ。……い、いいわよ。私も怒りすぎたみたいだし。それに、私みたいにしつこい女と居ると、やっぱり他の女の所に逃げ出したくなるのに違いはないんでしょ?」
「いや、それは違う」
「……? どういうこと。貴方、さっきそう言っていたじゃない」
「違うんだ。あれはつ
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