だから、それは、一つの打開策として提案されていた。
「異世界の門を開こう」
もっと具体的に明記するならば。
「異世界の向こうから繁殖相手を確保したい」
男性不足が世界規模となりつつある焦燥感が魔界中央の一部の頭でっかち以外にも共有されつつある中、此処、クロウドア小魔王領の端に位置する森 通称・迷子の森では、ある試みが成されようとしていた。
「 担当技官、配置に着きました」
眼鏡の煌くエリートデーモンが淡々と告げる。
方向感覚を狂わせる魔力の吹き溜まりがある小さな森林。それが迷子の森の由来である。それでも歴史があって、森で一番長生きな老木は実に1000年もの間、空にその身体を目一杯伸ばし続けてきた。
だがそんな巨木にも勝る大きな乳白色の輪が、両脇に控える水晶によって虚空に浮かんでいた。その機械的な構造物は精霊が嫌うものであり、空に舞うシルフは拗ねた顔で腕組みをしている。
「よし、善は急げだ。早速取り掛かれ」
今回の試みの指揮を執るのは魔王の百何番目の娘(リリス)であった。
彼女は魔王の娘達の例に漏れず、享楽を愛し、魔王である母と勇者である父を愛しており、やがては理想の夫婦としてああなりたいと願うありふれた者の一人である。
しかし、母から見てみた彼女はサキュバスにしては生真面目過ぎる部分があるという。彼女の話題となると、小さな頃は引っ込み事案で恥ずかしがり屋だったけれど、ずっと変わらず頑張り屋さんで心配だとも周りに漏らしていた。
彼女は イルミエラは、今では南洋に置かれた鎮台府の総統として指揮を執る立場にある。常に凛としており、はっきりと判り易い言葉で喋り、怠惰を見せる部下に容赦ない軍人然とした将として賛否両論を得ていた。
腰に下げるマジックサーベルに手を置く。きゅっと口元を引き締め、一歩足を進める。そして配備した兵に向かってこう激励した。
「皆、気を緩めるな! 我々は今から異世界の門を開こうとしている。異世界の存在は以前から漂流者や漂着物の存在で知られていたが、此方から意図的に接触することはなかった。何もかもが初めての事だ。我々の任務は魔界中の期待を一身に背負っている。魔界中の……出会いを求める魔物娘達の希望そのものだ。失敗は出来ないぞ」
異世界への門。
予てから涎垂されていた試みの最初が、今、この瞬間だった。イルミエラは幾ら気を引き締めても足りない気持ちでこの場に立っていたのだ。
所で、この場に居る者の大半は魔王軍の尖兵であるが、イルミエラの子飼いの部下はエリートデーモン一人である。
開門し、異世界に繋がったと確信した時点で向こう側の人間をある程度攫い拠点を築く算段となっている。誰の軍がそれを実行するのかといった話になった時、熾烈な政治的遣り取りの末に一番槍を勝ち取った軍勢が最前列に位置していた。
イルミエラは政治的な駆け引きに秀でなかった。兵を危険な目に合わせたくないと考える軍人としての思考によって妨げられ、新たな出会いのチャンスに姿勢を変えなかった事もある。その所為で一人だけ兵を引き連れる事もなく、最も地位が高いという理由でこの場の差配をするという、貧乏くじを引かされた格好になっている。
兵達は今から蹂躙を始めようと息巻いていた。目をギラつかせて、非殺傷の魔法が掛かった武器を強く握り締めていた。熱気が、迷子の森全体から漏れ溢れていた。
イルミエラは士気の高いのは結構だ、と頷く。しかし、今はこの魔界諸侯軍の総指揮官として冷静さを求めた。
「此度は母様……魔王様も、遠距離視認魔法にて視察されていらっしゃる。みっともない真似は決して許されないぞ!」
兵士達が息を飲む。魔王が夫との情事を止めて事に当たると言うのは、魔物にとって余程の事なのだ。
魔王の興を冷まさせる様な行いは、死罪とは言われない。只、死ぬ程不名誉に思う習性はどの魔物にもあると言える。
逆に言えば魔王の覚えが良ければそれだけの名誉である。兵士達は気を引き締めたが、その周囲を取り囲んでいる近隣の有力者、魔界中枢の高級官僚、それに実験の金銭的援助をした商人達は皆一様に息を漏らした。
「我々は聞いておりませんでしたが、それだけ魔王様もこの実験に注目されているという事。益々この試みの価値が上がりますねぇ」
「ぬしし……出資した甲斐がありましたぬ。ついでに狸好(たぬよし)商店の宣伝もしてやろうかぬ」
「「「ねー!! まだー!!!???」」」
「「「門開くってレベルじゃないよ!!!」」」
次いで現地で異世界の門が開く瞬間を今か今かと待ち侘びる低レベルの魔物で構成される夥しい観衆。彼女達の中には遥々遠方からこの片田舎にまで足を運んだ者も少なくはない。誰もが我先に伴侶を得る機会を獲ろうと、人混みの中から手を出し頭
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