「 え?」
俺は聞き返した。もう羽織も要らなくなる季節を迎えた矢先に、父上は言った。
「二度は言わん」
「そんなっ。どうしてですか!?」
この時が初めてだ。父上に刃向かったのは。思わず父上の前で膝を立てて、体を前に迫らせたのは。父上は冷静さを失っている俺に対して、まるで自分の息子とは思っていないような冷たい眼を向けてくるのだった。
「……どうして? 祁答院家の人間が、この決定に“どうしてか”と問う事がどうしてだ?」
「う、雲飛は俺の大切なとも……配下でございます!! そんな、急にお役目御免などと」
一瞬出掛かった言葉を無理に押し込めてそう言った俺の姿はさぞ滑稽に映っただろう。父上は冷笑に伏す。
「そうだな。毎日毎日欠かさず平坂苑に通っては、桜の木の下で語らう。さぞかし大切な配下なのだろうな。だが、私は言った筈だ。妖物に肩入れすることは許さぬ、と。四方や忘れた訳ではあるまいな?」
片手に携え、閉じられた扇が俺の頭を指す。俺は脚を畳み直し、頭を下げる。
「しかし……」
「ええいっ。黙らんか!」
怒号とともに投げ付けられた扇が俺の頭を打つ。父上は立ち上がり、頭に血筋を浮かべながら俺を怒鳴り付け始める。
「“鬼狩り”として栄えてきたこの祁答院家の人間に生まれておいて、鬼などと親交を結ぶなど、あってはならんことだっ。お前は我が息子でありながら、家風に背く愚行を行った! ……口を開くにも、身の程を知れ、この愚図がぁっ!!」
父上の豹変。俺の認識が甘かったことを痛感させられた。俺は、妖怪も人間も仲良く暮らせると思っていた。何より、雲飛と語らう事で、絶対に叶う夢だとも思っていた。
だが、それは無理だったのだ。目の前にいるこの人間こそが、夢の前に立ち塞がる大きな壁。そして、俺の体にはこの人間の血が流れている。それに酷い嫌悪感が生まれた。
「それに、あの鬼め、つけあがりおってからに! 親を殺してから泣いて命乞いするから恩義をかけてやったものをっ。家の者を誑かしおって!」
え?
「ち、父上……」
「誰が口を利けと言った!?」
「ですが、お尋ね申し上げます! 雲飛の親を……殺したのは……?」
父上の剣幕に押される訳にはいかない。俺は勇気を振り絞って、聞き逃せない部分を確認しに掛った。その結果、耳を塞ぎたくなる様な事実を聞かされることになる。
「ああ、あの鬼の親なら私が切った」
「 !?」
「といっても、奴の片親は人間だったがな。まぁ、妖怪に魅せられた人間も妖怪と大差はない。人間に見付からない様に山の奥で隠れておったのだがな、私に見付かったのが運の尽きだ。我が愛刀・鬼切りで首を落してやった。我ながら、見事な手際だったぞ。はっはっは」
此奴は何を言っているんだ。何を、自慢げに語っている?
殺したのだぞ。人を、妖怪を。山奥で誰にも迷惑を掛けずに、幸せに暮らしていた夫婦を、自分の自己満足で。
俺はこの時、自分がどうしようもない程暗い場所で生まれた事に気が付いた。俺は、何も知らないで雲飛と一緒に居たのだ。此処ずっと、二人で平然と語りあって、親交を深めていたのだ。俺がどれ程暗い場所に立っているのかも知らずに。
「それで、親を殺した後、あの鬼の子を連れて来た訳だが。お前の世話係にしようと思った理由を知りたくはないか?」
突然そんなことを訊いてくるので、俺は放心状態でありながらも、頷いてしまう。父上が罠にかかった獲物を見るような眼で俺を見下ろした気がした。
「それは、お前に殺させる為だ」
「………」
もう、何も言えなかった。予測の範疇を超えた出来事に、俺は只受け入れる事も拒絶することも出来なかったのだ。
「獣は仔に狩りの仕方を教えるために、弱らせた獲物を遣るものだ。実践で奴等を殺すのに躊躇など見せれば、奴等の思う壺だからな」
「……一度慣れてしまえば躊躇は生まれない、という事ですか」
「そうだ」
「………」
「判ったか。お前がどういう身の上で生まれてきたのか。所詮、鬼狩りの子に生まれたお前は、鬼を狩る立場以外の何者にもならないのだ! それが判ったら、今すぐあの鬼の子の処に行って、首を刎ねてこいっ。そうすれば、お前を私の子として認めてやるっ」
最後にそう強く言い付けられて、俺は傀儡の様に立ち上がり、父上の部屋から出る。襖を開けて、徐に右を見た瞬間俺は凍りついた。
其処には雲飛が立っていたのだ。
俺は後ろ手に襖を閉じる。辺りはもう日が落ちていた。視線は雲飛から外さず、暫くお互い何の感情も見せあわずに見つめ合う。揺らめく炎のように、ちらちらと雲飛の目に怒りや悲しみが浮かび上がる。俺には何も浮かび上がらなかった。
赴くままにやってきたのは、夜の平坂苑だった。勿論、月の下に照らされるのはあの桜の木。ちらほらと花
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