前編

 僕が荷運びの仕事に就いて3カ月が経った。貰った給金は生活費以外全て孤児院に送っている。学のない自分の体をそのままお金に変える為には少ない賃金でも肉体労働に従事する他に手段はない。
 それで、僕は痛感していた。自分の事を丈夫だと思っていたけれど、実際は平均的だった。周りの大人は皆僕よりも体が大きくて、力持ちだった。今まで食べて来た物の違いだろうか。
 それでも、周りと同じ仕事量をこなせたのは、一重に姉さんを想っての事だった。
 姉さんと、孤児院の皆の為。僕は腰を折る事は出来ない。その一身で働き抜いたし、これからもそうしていくつもりだった。
 満足していた。
 ああ、其れは紛れもなく満足だった。
 自立出来た自分が誇らしいし、飛び立った巣の助けまでしている。自分はとことん偉い奴だと自己満足は完璧だった。
 姉さんが祝福してくれなかった事を除けば。   僕がお金を持って行くと、姉さんは決まって迷惑そうな顔をした。喜んでくれなかった。僕を邪険にしている風にも見えた。
 どうして。僕は姉さんの為に頑張ろうって決めたのに。姉さんは僕のお金を受け取るだけで、碌に目も合わせてくれない。辛そうに顔を俯ける。
 僕は、その時の姉さんの顔を2度見た。もうすぐ3度目を見る予定だ。思い出す度に、自分の奮起する拠所が失われていくのが判るのだ。それが僕の今を黒く染め上げている。


―――――


 その日が何か特別だった訳ではない。
 偶に荷運びの仕事がキャンセルになる事がある。何でも王都との交通路で山賊が現れる様になったとかで、物の流れが滞っているのだと普段から物腰柔らかい僕の雇い主が教えてくれた。
 宛がわれた寝床から起き上がる。今日は受け取った給料を姉さんに届ける予定だ。
 貨幣の入った布袋を懐に入れて、街から外れた小高い丘の道をとぼとぼと歩く。歩き慣れた道。砂利の混じった舗装。姉さんはこの道を、僕の手を引いてよく街まで買い物に出掛けた。
 そういえば、姉さんの歳は今幾つだろう。僕が物心付いた時から姉さんはもう今の姉さんだった気がする。といっても、あの時で多分今の僕と同じくらいだから、もう30歳位なのかな。
 僕の手を引いてくれた姉さんはうら若い女の子だったけれど、今は臈たけた美麗さが漂う様になっている。きっとこれから姉さんは季節を巡らせる度若返るかの様に綺麗になっていくのだろう。


 浅い樹林に差し掛かる。木と木の間から孤児院がすぐ其処に見える。此処は街から見て東側だが、北側になると王都への交通路が樹林の間に敷かれている。
 此処を抜ける為の、枯れ葉が無造作に落ちている茂みを切り開いて作った道。何時もの通り其処を通ろうとする。
 不意に、前の茂みが暴れて人が飛び出して来た。荒く息を吐くその人物は僕の肩にぶつかると、枯れ葉の上を転がった。
「きゃっ」
 余りの勢いに、僕も尻餅を着く。何事かと思いながら、突然飛び出して来た人物を見遣る。小汚いクロークに目深にフードを被って顔は判らなかったが、さっきの悲鳴からして女性である事を察した。
 僕は立ち上がり、衣服に付いた枯れ葉を払いながら掛け寄る。
「あの、大丈夫ですか?」
 彼女はハッと気付くと、透かさず僕の腰に縋り付いて来た。酷く取り乱した様子で、僕にこう言うのだ。
「助けて下さいっ。悪い人に追われてるんです!」
 ギョッとしてしまう。此処は孤児院の傍だ。そんな所で物騒な事が起きるなんて信じられない。けれど実際こうして起きている様子なのだから、慌てたものだった。
「え、と。事情は判らないけど、取り敢えず彼処まで行きましょう。匿って貰える筈ですから」
 そうして指差した先には、姉さんの居る孤児院がある。
 すると、彼女は首を振った。
「彼処はダメです。迷惑が掛ってしまいます……」
 確かに、そうか。姉さんに厄介事を持ち込む訳にはいかない。只でさえ、仕送りの時に見せる態度への真意を問い質していないのに、迷惑を掛ける度胸は今の自分にはない。姉さんにこれ以上軽蔑されたくはないのだ。
「此処に居ると貴方も危ないです。だから、彼処の茂みに少しの間だけ隠れませんか? 悪い人が来たら、貴方だけは逃がしますので……」
 自分も危ないと聞いて、彼女に引っ張られるまま茂みの奥へ。少し開けた場所に座り込み、息を殺す。
 顔を上げて、周囲を見渡してみる。静寂が漂う。鳥の囀りが呑気に聞こえる。人の気配はない様に思えた。
「ねぇ、悪い人って具体的にどんな奴なの? 追剥?」
 そう尋ねても、彼女は何も答えない。
 結局待ち構えていても、何者かが此処に来る気色はなかった。
「誰も来ないよ。別の所に行ったんじゃないかな」
 人が来ないと判り、冷静になって考えると、何より妖しいのはこの女性だ。そもそも、この茂みに隠れるのは彼女だけで十分
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