チュン、チュン
「――アルダーさん」
まどろむ意識が、鳥の囀りと少女の声を捉える。アルダーは自分が寝てしまっていたことに気付き、そっと目を開く。
そこには朝靄に溶けていってしまいそうな白髪を靡かせる、ひ弱そうな少女の顔があった。
「はぁっ、はぁっ。ゴ、ゴメン……待っててくれたの……?」
「………」
アルダーは目を擦る。しっかりとペトロシカを見定めると首を振る。
「……。……今、着いた所……」
不器用な気遣いの言葉を連ねても酷く眠たそうにしているアルダー。ペトロシカは息を切らしながらも笑顔になってしまう。
「えへへ。アルダーさん、優しいね」
「……そうか……?」
無口で取っ付き辛い雰囲気をかもし出しているアルダーをそんな風に評価した者は初めてだった。アルダーは気恥ずかしそうに頬を掻く。
「ところで……朝食でも……どう……」
「え?」
「……え」
ペトロシカのきょとんとした表情。だがアルダーの方は眉を吊り上げて驚いてしまっていた。自分の口から女性を食事に誘うことなど、今まであっただろうか、と。
だがペトロシカは嬉しくてたまらない……癖に、困ったように眉を下げると、名残惜しそうに翼の先を遊ばせるのだった。
「あ、ああああの! お、お誘いはすっごく嬉しいんだけど……!?」
「……?」
「え、えと。ボク、まだ処女だから、フェロモン出しっぱなしで……。町なんて歩いたらっ、た、大変なことになっちゃうよぅ……っ!?」
頬を染めるペトロシカ。説明を受けたアルダーの頭に、無数の男達が一匹のコカトリスを道端で蹂躙する図が浮かぶ。彼は自らの軽率な発言を恥じることになった。
「……そうか……だが……」
「え? うん。アルダーさんは平気だね?」
アルダーの発言を先取りしてそう言ったペトロシカ。アルダーは頷く。
「なんでだろ?」
「………」
アルダーは考えた。一時的にでもペトロシカのフェロモンが利いたのは憶えている。だがその後、彼女を目の前にしてもフェロモンに惑わされることはなかった。
その前後に何が起こったのか。――その答えは、アルダーの石化を解いたあの東洋人にある。
「……このゴーグル……」
朝靄に包まれる風景を薄暗く映し出す、このゴーグルの存在。あの東洋人が“石化防止”の為にアルダーに渡したものである。
ペトロシカは軽く羽撃きながら首を傾げた。
「そういえばそのゴーグル、最初はなかったよね。あの人からもらったの? あの“きんのはり”の人」
「……ああ」
「――その“きんのはり”の人について、詳しく教えてもらおうか」
アルダーが頷いた瞬間、突然辺りに若い青年の声が響く。飛び上がって驚くペトロシカ。長身のアルダーの後ろにささっと回り込む。朝靄が不気味に動く。二人の前に、二つの影が浮かび上がった。
二人の目の前に現れたのは一人の魔術師風の男と、純白の衣を羽織る少女だった。靄から生まれ出でてきたかのような気配の薄さで忍び寄り、その蒼いマントのはためく音で存在を知らしめる。彼らの登場に際し、例によってペトロシカの驚きようは凄まじかった。
「ひゃぐうぅっ!!? な、なななんですか……っ!? きゅきゅ、急にぃぃっ!?」
「………」
アルダーがカバンを振り上げて軽い一撃を与える。お蔭でペトロシカは泣き止んだ。現われた眼鏡の青年は彼女を「五月蠅いコカトリスだ」と評価する。アルダーの着けるゴーグルを近くでまじまじと見詰めると、ちっと舌打ちした。
「……奴の魔力の残滓。矢張り貴様、ヴァーチャーに会ったな」
突然現われてそう言われても、アルダーには何のことか判らない。優男のように見えた筈の青年の異様な剣幕に押され、ペトロシカはブルブルと大袈裟に震えていた。
やがて自身が熱くなっているのに勝手に気付いた魔術師風の男は、髪を掻き上げて自分を宥め、話し出す。
「いや、すまない。そのゴーグルは誰に貰ったのか、聞かせてもらいたい」
「……人」
「いや、人なのは判っている。特徴とかを教えてもらいたい」
「……男」
「他には?」
「……きんのはり……持った、男」
「………」
蒼マントの男、ゲーテは何も言えずに黙ってしまう。だがアルダーの方はこの無礼な男に誠実な回答を示したつもりだ。胸を張って男を見下ろす。
すると彼の後ろに控えていた、真っ白な少女が口を開くのだった。
「マスター。そのゴーグルは、確かにあの方の魔力によって作られたものです」
「そうか。だからこのおぼこ臭いコカトリスはフェロモンを放てないのか」
それを聞いたペトロシカはビクンと撥ね、精一杯の勇気を全身に漲らせて尋ねる。
「あ、ああああの……?」
「ん?」
「ひゃうっ。……あれ、石化しない」
咄嗟に目が合ってしまったのに驚いて目を瞑るペトロシカだが、直ぐに瞳を開いたそこ
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