「レトお坊ちゃま、もう朝ですよ」
眩しい朝日と小鳥のさえずりの中、優しい声が聞こえる。寝ぼけまなこをこすりながら体を起こした黄金色の髪をした少年は、すぐ隣に自分付きのメイドが立っていることに気づく。優しげな顔つきをした、柔らかな雰囲気の魔物娘だ。羽毛のようにふわふわな頭髪や尾は地味な色合いではあるが、綺麗に手入れされている品の良さがある。髪と同じ色の長い睫毛、少しだけ垂れた目を優しく細めて微笑む顔は慈しみに満ちていた。
「お目覚めですか? 今日は、いつもよりも早く起きると言ってらっしゃいましたから、こちらまで起こしに参りました」
「ああ、ありがとう。マリエラ……」
マリエラと呼ばれたメイドはうやうやしくお辞儀をし、続けて口を開いた。少年は寝ぼけまなこをこすりながら、ぼんやりとした頭でメイドの言葉を聞く。彼女は少年付きのメイドであり、身の回りの世話をしてくれている。レトはいわゆる庶子という身分で、政争の火種にならないよう領地の奥地、小さな村の形ばかりの領主館に押し込められていた。唯一の救いはせめてもの餞別としてマリエラが共についてきてくれたことだ。彼女は優しく、政治的な手腕も見事で、この1年で村人たちはまだ子供と言っていい年齢のレトを領主様と尊敬するにまでなった。
「朝食の準備が整っておりますので、お着替えをお手伝いいたします」
「うん……」
マリエラの政治手腕もそうだが、レトも幼いながら利発な少年で自分の立場も理解し受け入れ、その事でひねくれたり当たり散らしたりもせず、村人たちと力を合わせて村づくりに励み、より住みやすい場所にしようと努力している。真面目で人当たりのいい領主の息子とあって、村人たちはレトを信頼し、成人になる頃には立派な領主になれるだろうという期待も強い。
「……さ、これでいいですわ。」
「いつもありがとうマリエラ」
「うふふ、レトお坊ちゃまのためならこのくらいなんでもありませんわ」
そう言ってマリエラはレトの頬にキスをしてから、朝食を準備するためにレトの寝室を出て行った。頬に残る熱をぼんやりと感じながらレトはベッドから降り、ベッドサイドの引き出しから小さな箱を取り出す。しばらくそれを見つめ、何かを決心したかのように寝室を後にした。
◇
「──ということで、本日は特に政務もお勉強もございませんので、ゆっくりお休みに……」
「ねえ、マリエラ」
朝食後、早々に部屋を出ようとするマリエラをレトは呼び止めた。
「はい、なんでございましょう?」
「これを……受け取ってほしいんだ」
首を傾げるマリエラに、レトは小箱を渡した。魔物のメイドは「まあ、なんでしょう」と満面に喜色を滲ませながら受け取り、そして少し恥ずかしそうにするレトに微笑みかけてから、小箱を開ける。
「あら、素敵な指輪ですね」
「う、うんっ! そうなんだ……っ!」
「ふふふ、ありがとうございます。この指輪をお守りとして、いつまでもおそばであなたの幸せを見守っていきますわ」
「え、あの……」
「? どうかなさいましたか?」
自分の意図が伝わらず、レトは次の言葉を紡げずもじもじとしている。何を言いづらそうにしているかというと、レトはマリエラに想いを告げようとしたのだ。いま渡したのは婚約指輪のつもりだった。小さな頃から身の回りの世話を焼いてくれたマリエラが彼にとっては母親代わりのようなものだ。母というよりも、年上で頼れる姉のと言った方が正しいかもしれない。立場の悪い自分の隣にいてくれた彼女に、彼は自然と恋心を抱いた。だからこうして指輪を渡したのだが、ただの贈り物と思われてしまったようだ。
(……そうだ、ちゃんと言葉にしてつたえなくちゃ)
顔を真っ赤にして一生懸命に言葉を紡ぐレトに、マリエラは首を傾げたまま笑みを浮かべて彼の言葉を待つ。レトはふーと息を吐いてから、真っ直ぐとマリエラの目を見つめた。
「あの、マリエラ! ぼくは……っ! マリエラのことを一人の女性として愛してるんだ!!」
「は……え?」
「マリエラのことが大好きだ! だから……ぼ、ぼくのお嫁さんになってください!!」
はっきりと言葉にされてしまい、一瞬何を言われたかわからなかったマリエラはぽかんとしてしまう。そして数秒後にその言葉を理解し、真っ赤に染まった頬に手をやりその熱を感じた。ドキドキとしながら、自分を見つめるレトの言葉を頭の中で何度も反芻する。同時に脳裏に浮かぶのは幼いレトの姿。無邪気に甘えてきた幼少期、己の身分を知って瞳に影が差した少年期、領土の奥地に追いやられた時の諦念したような顔、徐々に村人と打ち解けて昔のような笑顔を見せてくれるようになった今。そのすべてが愛おしく……断る理由などなかった。
「ありがとうございます、レトお坊ちゃ
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