信仰と恋心

 月明かりの中、黄金の矢が音もなく放たれ、窓辺に佇んでいた白魔法使いの胸を射貫く。

 痛みはなく、血が滲む代わりに彼女の中の愛を増幅させていく。宿屋の別室に泊まっている雇い主の冒険者へ仄かに抱いていた愛。それが今、矢で射貫かれた事で確信的な愛情になり、そして性欲へと変換される。少女は足早に冒険者の部屋へと向かった。勢いよく扉を開け、就寝の支度をしていた少年を驚かせたが、構わず白いローブを脱ぎ捨てて、全身を露わにした。陶磁器のような白い肌に、吸い込まれそうな黒い瞳。胸の膨らみは小さいが、それがかえって少女の青い美しさを引き立たせていた。

 突然の事に冒険者が対応できないでいるのをいいことに、美しい裸体を押し付け、息のかかる距離で愛を囁き始めた。初々しい愛の言葉に少年の頬は朱色に染まり、その後に続く少女の爛れた性欲の告白に股間が膨らむ。少女はすぐに反応を示した少年に愛欲の言葉を囁き続けた。それが彼の性欲のタガを外したのだろう。少年は強引に少女を押し倒した。少女は抵抗するどころか喜びの声を上げ、突き入れられた愛する男の性器の感触に全身を震わせ、すぐに放たれた子種の熱さに歓喜の声を響かせた。

 宿屋の上空からその様子を見守っていたキューピッドは、満足そうに頷き、交わり続ける二人を残して、静かにその場を後にした。月明かりの中、空を飛びながら交わる二人を思い返す。

 白魔法使いの姿を、自分の姿と置き換えて。

     ◆

 キューピッドの役目は、恋人の誕生を促すことだ。人間の一生は短い。恋という感情はその短さ故に激しく燃えたぎり、時には嫉妬や絶望といった感情によって壊れてしまう。それではせっかくの愛の営みも意味がない。そこでキューピッドはエロスの力を持つ矢をその者へ向ける。矢で射貫かれた者は愛という感情を増幅させ、そのまま男女の快楽に身を委ね、その愛を深めることができるのだ。他者の愛を深め、交わらせ、不滅の愛を育ませるのが彼女の役目であり、幸福であった。

 ──はずなのだが。

 役目を終えたキューピッドは、小さな村の教会の前に居た。彼女が拠点としている場所で、石と木で造られた簡素で飾り気のない教会であったが、よく手入れされていた。古めかしいが綺麗に磨かれた木戸が開かれ、誰かが出てきた。

「キューピッドさん、お疲れ様でした!」

 笑顔でキューピッドに駆け寄る黄金色の髪をした少年。彼が、ここの手入れをしていた。教会近くの村に住む信心深い家の一人息子で、神への奉仕の一環として息子をキューピッドの奉公人として遣わせていた。彼女が不在の時には掃除や管理を行い、彼女が戻れば雑事を引き受けキューピッドとしての役目に集中できるよう奉公する。かつては両親と共に行っていたことも、今は少年一人でこなせるほどに成長した。

「また愛をお広めになられたのですね」
「そうだね……今回もうまくいったよ……」
「なんと素晴らしい、お見事です!!」

 キューピッドが微笑むと、少年は心からの賛辞を彼女に送る。少年の言葉に嘘はなく、彼女を心底尊敬していることが、表情は言葉からうかがえた。両親の教育もあるが、なにより実際にキューピッドの役目を知って、少年はキューピッドを尊敬していた。
 一方キューピッドも、少年の事を尊敬していた。日々の奉仕もさることながら口下手な自分にも嬉々として話しかけてくれ、可愛らしい笑みを見せてくれる彼は、彼女の日常になくてはならない存在になっていた。

「──なので、キューピッドさんは素晴らしいお方ということは疑いようもなく……」
「も、もういいから……」

 少年の口から次々に自身を褒めたたえる言葉が飛び出すのを気恥ずかしく思いながら、教会の中へと入っていく。木製の簡素な会衆席が数列並んだ先に、これも簡単なつくりの祭壇があるだけだが、どれも綺麗に磨かれ、ところどころに少年が生けた花々が飾られているため、みすぼらしさは微塵もなかった。

「お疲れでしょう、ベッドの用意はしてありますので」

 祭壇奥の扉の向こうには、キューピッドの私室がある。ベッドと机や椅子など最低限の家具が置かれただけの部屋だが、ここも少年の管理が行き届いている。いつも役目を終えて戻ってベッドに横になれば、穏やかに眠りにつくことができた。癒しの場であるそこに腰かけ、キューピッドは少年を手招きする。

「はい、なんでしょうか!」
「ここ、座って?」

 キューピッドは膝の上をぽんぽんと軽くたたく。突然の申し出に少年は頬を赤らめながらも、なにか意図があるのだろうと彼女の膝に座る。肩に優しく手を回すキューピッド、互いの鼓動が聞こえるほど距離が狭まる。

「あの、キューピッド様?」
「君と出会ってもう10年になるかな、初めて出会った君はまだ歩くのもやっとで……本当にかわ
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