「っ……! やあっ!」
暗い森の中に、少年の声が響く。
少年は自身の振るった剣に引っ張られるようによろけた。一見すると少女にも見えそうな細腕では満足に剣も扱えず、当然彼の攻撃を食らう敵はおらず、剣を向けられたサキュバスはひらりと簡単に避けてしまった。だが、その顔には余裕は無く、それどころか悔しさがありありとにじみ出ていた。
「まったく、気持ちいい事してあげるって言ってるのに!」
「ぼ、ぼくはそんな誘惑にはのらないぞ!」
「だったらいいわ、他のオトコノコとえっちするから」
サキュバスはべえっと舌を出して、どこかへと飛び去って行ってしまった。少年は──ルーフは剣を杖代わりにして体を支え、ぜいぜいと荒い呼吸を整えた。少女のようにふわふわとした少し長めの黒髪から汗がしたたり落ちる。慣れない剣での攻撃を何度も繰り返した疲れ、それとサキュバスのチャームのせいだ。先ほどルーフが対峙していたのは背の高い銀髪のサキュバスで、サキュバスらしく豊満な女体と甘い言葉で彼を誘惑してきたのだ。だが、彼はそれをギリギリのところで耐えることができた。その理由は──。
「……ふう、もう大丈夫ですよ!」
少年が声をあげると、木の陰から女が出てきた。先ほど少年を誘惑していたサキュバスよりもさらに美しい銀色の長髪を月明かりに揺らして、心配そうにルーフに駆け寄る。彼女のサキュバスにも劣らない豊満な乳房が、黒いローブの下でゆさゆさと揺れるのをみて、幼い冒険者は顔を赤くしてさっと目をそらした。
「ルーフ君すごい、サキュバスを追い返すなんて」
「こっ、これくらいなんてことないです! レフィさんを送り届けるって約束ですから!」
少年と彼女──レフィが出会ったのは、3ヶ月ほど前の事であった。ルーフは、その少女のような外見と、その見た目通りの力の無さで、冒険者としての仕事がほとんどなかった。薬草摘みや商店の店番などでなんとか口を糊していたルーフに、護衛の依頼をしてきたのが銀髪の女、レフィだった。
目的の国に行くまでには魔物娘が多くでる。山賊や盗賊なら魔法で撃退できるが、誘惑への対処法がわからないから、一緒に来てほしい……といった依頼内容だった。始めて冒険者らしい依頼が舞い込んだことにルーフは喜び、すぐに引き受けた。
道中、荒くれものたちはレフィが撃退し、魔物娘の誘惑はルーフが跳ねのける、といった役割分担でここまで来たのだった。性知識のとぼしいルーフだったが、魅力的な魔物娘たちの誘いに心揺らぐことは何度もあった。だが、背後にいるレフィの事を、初めて自分を信頼して依頼してくれたひとの事を考えると、彼はどんな誘惑も断ち切ることができた。
「ありがとう、ルーフ君……」
レフィは少年の細い体に手を回し、ぎゅっと抱きしめた。二人は頭二つ分ほど身長差があるせいで、ルーフは彼女の胸に顔を埋める形になってしまう。顔に押し付けられるふたつの柔い感触と、鼻孔をくすぐる甘い女体の香りが少年の鼓動を早める。
「れ、レフィさん……っ」
「あっ! ご、ごめんね!」
慌てた様子で体を離したレフィは、赤い瞳でルーフをじっと見つめた。美しいルビーのような瞳が送る視線から、少年は目が離せなくなっていた。レフィは何か言おうとしている、それも何か大事なことを。少年の心臓はバクバクと跳ねる。
「あの、ね。ルーフ君」
「は、はいっ!」
「ひとつお願いがあるの」
「れっ、レフィさんのお願いならなんでも!」
「……あの、えっと……その、ね?」
いつになく歯切れの悪いレフィの様子に、少年はどんどんと緊張を高めていった。月明かりで輝く銀色の髪と、赤く染まっていく顔のコントラストが、少年にはこれ以上なく美しく、愛おしく思えた。
「こっ、この旅が終わったら……私と、一緒になってほしい、の……」
「い、一緒に……って?」
「だ、だから! その、ふ……夫婦に、なってほしいの」
「……ふえぇっ!?」
頓狂な声をあげた少年を、レフィは再び抱き寄せた。もう一度少年の顔にふたつの柔肉が押し当てられる。ルーフは乳房の柔らかさよりも、その奥で早鐘のように鳴り響く、レフィの心音にドキリとした。
「るっ、ルーフ君みたいに優しくてかっこいい人他にいないの! いつも私を気にかけてくれるし、えっちな魔物に誘われてもいつも打ち勝って……好きなの、ルーフ君が大好きなの……っ! だから、ルーフ君、だめ……かな……?」
照れ隠しのためか、いつもの何倍も早口でレフィはルーフに愛を伝えた。少年は自分を抱く彼女を見上げた。ぴっとりとくっついた体から、互いの早い鼓動が感じられた。緊張と、それ以上の恋慕の想いを、心音で互いに伝えあっていた。
「も、もちろん。ぼくなんかでよければ……!」
「ほんと? ほんとに? 嬉し
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