死を受け入れた少年とバンシーの慰め

 仕方のない事だ。
 そう自分に言い聞かせながら少年は暗い森を歩いてた。

 彼の家は貧しかった。兄弟ばかりが多く、一日の食事もまともに取れないことが頻繁にあるほどだった。そんな家庭の中で重い病にかかった自分が悪いのだ。医者に見せる金も薬を買う金もない。だから自分が口減らしに捨てられるのは仕方のない事だ。そう自分に言い聞かせた。

 まだ背も伸びきっていない、声も少年のままの彼が自分の絶望的な境遇を受け入れていた。これほどの悲劇があるのだろうか。それでも少年は誰に恨みを向けるでもなく、高熱でふらつく足を動かし、全身を襲う痛みに耐え、凍える夜の寒さと体の奥底から湧き上がる寒気に身を震わせながら森の奥へ奥へと進んでいった。

 自分が死んでしまった後に誰かに病気がうつったらいけない。自身の死の際でさえそんなことを考え行動する純真さを少年は持って生まれていた。

「あ……っ!」

 少年は木の根に足をかけて転んでしまった。立ち上がろうとするが既に全身に力を入れる事すらできなくなっていた。少年は立ち上がるのをあきらめて仰向けになった。頭上には木々が深く生い茂っており、空は見えなかった。

 少年の吐く白い息は熱く震えていたが、体温は次第に下がっていった。体の熱を取り戻そうと震えていた体も、かちかちと勝手に鳴っていた歯も、その動きを止めていた。あれほど高い熱を発していた体は芯から冷えていった。

 まるで内側から凍り付いていくような感覚に、少年はこのまま自分は死ぬんだろうとぼんやりと考えた。これは仕方のない事だ、最期まで誰かのために行動したからこうして静かに死ねるんだ、オオカミに襲われたりするより何倍もマシな死に方じゃないか。そうやって自分を慰めて死に近づいていく。

(さいごにお月さま、見たかったなあ……) 

 幼い少年は夜空に光る月に慰めを求めた。
 だが、深い森の奥ではそれもかなわなかった。

 彼は死を完全に受け入れた。  
 だが、そんな彼の視界に人影がうつった。

 血の気のない白い肌に黒い衣を身にまとっている。衣服のところどころに人間の頭蓋骨のような装飾品も見える。少年が頭の中に真っ先に思い浮かべたのは『死神』という言葉だった。

 だが、その美しい死神の頬には涙が伝っていた。小さく美しい嗚咽を漏らしながら死神は静かに泣いていた。自分のせいで泣いているのか、少年は最後の力を振り絞った。

「なか、ないで……」

 少年がかすれた声でそう言うと、死神はそっと少年を抱き上げた。死神の体は少年の想像とは違い、温かく柔らかかった。久しく感じていなかった人の温もりに包まれ、少年の頬にも一筋だけ涙が伝った。

「あり、がとう……しにがみ、さん……」


 少年は死神の腕の中で穏やかに息を引き取った。


     ◆


(……?)

 少年は奇妙な感覚にとらわれた。見えない何かに自分の意識――魂が引っ張られるようなそんな感覚だった。痛みや恐怖はなかった。ただ、今まで体験したことのない感覚に戸惑っていた。

 輪郭がぼやけて滲み、ふわふわと浮いているような少年の意識にある音が響いた。これはなんの音だったか。そうだ、死の際に聞いた小さく美しい声だ。少年がそう気が付くと同時に、少年の意識が肉体と結びついた。まだ視界も思考もぼんやりとしたままだったが、確かに少年の魂は体に戻ってきていた。

 少年は粗末な小屋の小さなベッドに寝かされていた。ベッドの上でぼんやりと目を開いている少年を死神が――バンシーと呼ばれる魔物が見下ろしていた。

「う……」
「ああ、よかった……」

 少年が意識を取り戻したことを確認すると、バンシーはまた涙を流して小さな嗚咽を漏らした。その声を聞いた瞬間、少年は体にくすぶる熱を感じた。少年は冷たい体に熱が戻って来たのを実感したが、体は動かずぼやけた視界を動かすことしかできなかった。

「んっ……」
「ぐす…ああ、ごめんね……すぐに始めるからね」

 何を始めるのだろうかと少年が疑問に思っていると、ぼやけた視界にバンシーの顔が映った。白い肌に尖った耳は彼女が人間ではないことを証明していた。だが、その顔立ちは美しく、その視線は慈愛に満ちていた。貧しく、汗と埃にまみれた大人の男たちと働く事しかしてこなかった少年は、産まれて初めて恋をした。

「あ…う……」
「大丈夫、ぐす…すぐに動けるようになるからね……」

 バンシーは静かに涙声でそう言うと、少年の唇に口付けをした。少年は驚き目を見開いたが、動けない体で出来ることはなく、バンシーの優しい口付けの感触に襲われるだけだった。優しく触れては離れ、その度に美しいバンシーと目が合う。それだけで少年は恥ずかしくてくすぐったいようでどうにかなってしまいそうだった。

 触れるだけだっ
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