狐火に囚われた少年の末路

 こんなところに、お社なんてあったかな。

 使われていない何かの倉庫と、朽ちた住宅に挟まれた雑木林の奥、薄暗いそこに小さなお社が見えた。前にここを通ったときは草も木も、もっと生い茂っていて、奥まで見通せなかったからあんなものがあったなんて知らなかった。

(……ッ?)

 きぃん、と耳鳴りがした。

 気が付くと、ぼくはそのお社の目の前にいた。驚いて振り向くと、苔むして割れた石の鳥居と、同じく苔にまみれた石畳が見えた。あそこを通ってここまで来たはずだけれど、全然記憶がない。ぼくの身に何かよくないことが起きたような気がして、ぶるりと体が震える。

 目の前の社の姿も、ぼくの怖いという気持ちを膨らませていく。お社の状態は酷いもので、屋根瓦はほとんど崩れ落ちて、柱の1つは腐ってしまって真ん中で折れて地面に倒れていた。鈴を鳴らすための綱も千切れ落ちて、鈴自体も見当たらない。障子もそのほとんどが破れていて、残った障子紙も黒く汚れてしまっている。鳥居や石畳と同じく、崩れかけの社の全てが苔まみれだった。

 ただ、その社周りのひんやりとした涼しさが、春にしては蒸し暑い今日みたいな日には気持ちがよかった。でも、その涼しさはなんだか普通じゃない気もした。陽射しを遮ってくれる雑木林や、アスファルトと違って熱を吸収してくれる土の地面の上に来たからというばかりじゃなくて、もっと他の理由があってここの気温が低いような感じがした。

 長居してはいけない、そう感じてお社から離れようとしたぼくの鼻に、ぽつんと雨粒が落ちた。空を見上げると、雑木林の向こうに真っ黒に染まった空が見えた。さっきまであんなに晴れていたのに、そう思った瞬間には土砂降りの雨に変わっていた。傘やカッパを持っていなかったぼくは、仕方なく崩れかかったお社で雨宿りさせて貰うことにした。

「……失礼します」

 誰もいないけれど、神様の場所を勝手に使わせてもらうから挨拶だけして、崩れていない屋根の場所にちょこんと座った。雨はざあざあと音たてて降り続け、苔石の鳥居の向こう側が見えないほどだった。このお社に近づいたのは、雨の気配を感じ取っていたからかもしれない。あのまま家に帰っていたら、途中で降られてずぶ濡れだっただろう。だからぼくは無意識にここにきたんだ。きっと、そうに違いない。お社の不気味な恐ろしさを誤魔化すために、ぼくは無理矢理ここに来た理由を作った。でも、本当に雨に濡れなくてよかった。

 ──服を濡らしたら、きっと施設の人に怒られる。

 施設の人はいつも厳しい。1人きりのぼくをお世話してくれているんだから感謝しなきゃいけないんだけど、ぼくは施設の人が好きになれないし、施設の人もきっとぼくが好きじゃない。

 それはきっと、本当の家族じゃないからだ。本当のママじゃないからだ。ぼくは自分が置かれた環境がだんだん惨めに思えてきて、膝を抱えてうつむいた。

 ママに会いたい──。

 しばらくそうやってどうにもならないことを考えていると、雨が弱まってきた。これくらいなら走って帰れそうだ。早く帰らないとまた施設の人に叱られる。

「あ、そうだ……」

 濡れた石畳に足を踏み出したところでぼくは振り返って、ポケットを探った。雨宿りさせてもらったお礼に、施設で配られた飴玉をそっとお供えした。

「ありがとうございました」

 ぺこりと頭を下げて、また濡れた石畳を歩いて壊れた鳥居を潜ろうとした、そのときだった。

 ──またおいで──

 耳元で囁かれたような、頭のなかに響いたようなその声に反射的に振り向くと、お社の前に誰か居るのが見えた。青白い炎のようなものが、人の形をしている。その人は微笑み、そして消えた。

 瞬間、きぃんと耳鳴りがして視界がぼやけた。気がつけば、ぼくは鳥居の外に立っていた。なんだか、さっきまでの記憶が曖昧だった。お社の前でぼくはなにをしていたんだっけ。首をかしげるぼくの耳に、帰宅を促す町内放送が聞こえた。いけない、この放送が鳴るまでに帰らなきゃいけないんだ。

 ぼくは曖昧な記憶をそのままに、急いで施設に帰った。帰宅が遅れたことを施設の人に怒られている内に、お社のことはすっかり記憶から抜け落ちてしまった。

     ◇

 学校の帰り道、気がついたらお社の前にいた。

 どうしてこんなところに来てるんだろう。今日は雨が降っているわけじゃないのに。何かに誘われるようにここに来てしまった。また寄り道してたら怒られるのに、どうしても引き返せなかった。何かに呼ばれるみたいに、まっすぐにここに来てしまった。

 お社は相変わらず荒れ果てている──のだけれど、この間とは少し様子が違う。ほんの少しだけ、前よりもきれいになっている。切れていた縄はぼろぼろの鈴と共にあるべき場所に戻されていた
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