雪のお姉ちゃんと、氷のお姉さん

 手足の感覚がない。
 
 吹きすさぶ雪は容赦なく僕の体温を奪っていく。そのうちに寒さすらも感じないほどにぼくの心と体は凍えていった。

 ――なんで? どうしてこんなことになったんだろう。そんな疑問が頭の中を駆け巡る。でもその答えはわかっていた。ぼくが役立たずだからだ。

 力が弱くて読み書きもままならないぼくは、何の役にも立てず必要のない存在だと両親から言われ続けた。そしてついに、ぼくは捨てられた。冬の山奥に、絶対に帰ってこられない場所に捨てられた。いらないからと物のように捨てられた。実の親に。

「……ぐすっ」

 鼻をすすりながら僕は必死になって歩いた。雪に足を取られながら歩いていく。僕の身に着けている物は服とも言えないようなボロ布で、寒さが直に肌に突き刺さる。もう体力の限界だった。視界がぼやけて意識が遠退いていく。
このまま死ぬんだろうか。嫌だ、怖い。死にたくない。まだ死にたくないよ。神様がいるなら助けてほしい。もしいるのなら、どうかお願いします。僕はまだ死にたく――。

「あ、れ……?」

 神様への祈りが通じたのか、ちょうど歩いていく方向に明かりが見えた。僕は最後の力を振り絞ってその光へ向かった。もうほとんど感覚のない足で雪をけり、前へと進んでいく。その光は僕が前に進むと徐々に近づいていく。よかった、幻覚じゃない。

 光の正体は、一軒の家から漏れる明かりだった。こんな雪山の奥に家があるなんて。家の前までたどり着くと、入り口の引戸には鍵がかけられていなかった。僕はそのまま家の中に足を踏み入れた。

 まず目に飛び込んできたのは、土間の奥にある囲炉裏。パチパチと小さな音が聞こえる。僕は体についた雪を払うのも忘れて上がり込み、低いついたてをかわして火にあたった。

「あったかい……」

 寒さでガチガチになっていた体がじんわりと温まっていく。少しだけ気持ちが落ち着いたので、土間に降りて雪を払って、周りを見回してみた。土間は広めで、目を引くのは大きな木をそのまま使ったかのような立派な柱だ。あとはかまどや桶があり、野菜なんかがいくつか吊り下げられている。僕が今いるところは板張りの広間、小さな椅子や机、ちゃぶ台などもある。奥を見ると、座敷や納戸の続いているであろう障子や引き戸もある。もう一つ扉があるけど、あれがどこに続いているのだろう。

 ふと、食べ物の匂いが部屋に漂っていることに気が付いた。ぐぅ、とお腹が鳴って、僕の視線は匂いの元に引き寄せられた。囲炉裏には、鍋が置かれていてそこからいい匂いが漂ってくる。僕はふらふらと囲炉裏に近づいて、我慢しきれず鍋の中を見ると、くつくつと音立てて、野菜やお肉が煮込まれていた。

 ごくりと唾を飲み込む。食べたい。食べたくて仕方がなかった。でも勝手に他人の家にあがりこんだ上に食事にまで手をつけるなんて、どうしようもない盗人だ。でも、お腹がすいて仕方ない。どうしよう、なんて悩んでいると突然声をかけられた。

「あら、どちらさま?」

 顔を上げると、開かれた障子の奥に、着物を着た女性が立っていた。でも、その肌の色は青く、長い髪もきらめく雪のような銀色で、人間では無いことがわかった。魔物だ。そう理解した瞬間、僕は全身の血の気が引いた。人を食べるという噂を聞いたことがある。じゃあ、この鍋の中の肉は……。

「ごめんなさい!すぐ出て行きます!」

 僕は慌てて立ち上がって逃げようとする。だけど、それより先に彼女に腕を掴まれた。

「待って、あなたひどく疲れた顔をしてる」

 彼女は僕の頬に手を当てる。ひんやりとした手が心地いい。僕の体は冷えている筈なのになぜだかそう感じた。

「外は酷い吹雪よ、このまま出たら人間じゃ死んじゃうわ」
「で、でも僕……」
「吹雪が収まるまで、ここにいていいのよ?」

 ここにいていい、その言葉で僕は涙がにじんで、鼻の奥がつんとした。だって、そんな言葉をかけてもらったのは生まれて初めてだったから。そんな優しい言葉が初めて僕に向けられた。それがうれしくてたまらなかった。

 心配そうな顔をしながら僕を見つめてくる魔物さんの顔を見て、さらに涙が溢れ出す。そんな僕を見た魔物さんは、僕を優しく抱きしめて、背中をさすってくれた。僕は泣きながら、自分の事を勝手にしゃべり始めた。それでも、魔物さんは僕の背中をさすりながら、黙って聞いてくれた。

「そう、そうなの……それは大変だったね」

 ひと通り話が終わると彼女はそう言って慰めてくれた。そしておもむろに立ち上がり奥の座敷へと消えていった。戻ってきた彼女の手には湯呑みがあった。「私の湯飲みだけど、淹れたばかりだから」と僕に差し出してくる。中身は温かいお茶だった。飲むように促されて口をつけると、体の芯まで染み渡るような感覚になる。
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