パイロゥ 火野カロルの爛れた日常

「あれえ、岸くんじゃね?」

 塾の帰り道、不意に声をかけられた。
 動揺したのがばれてしまったのだろう、声の主は吹き出した。

「そんなビビんなって! 友達じゃ〜ん!!」
「あ、あはは……そうですね……」
「敬語やめろって言ってんだろ〜?」
「はい……じゃなくて、うん……」

 彼女は火野カロルさん、ぼく――岸幸人と同じ門星学園の生徒だ。つい先日急に共学になってから、魔物娘?である彼女たちと交流を持つことになった。彼女も角や羽、尻尾が生えている。物語の存在のような外見の彼女たちと話すのはまだ慣れない。
 火野さんは同じ学年でもないのに、なぜかぼくによく話しかけてくる。一度中高合同の移動授業で一緒になってから何が気に入られたのか分からないけど、彼女はぼくによく話しかけてくるようになった。高等部の棟からわざわざ中等部のぼくのところまできて、色々話すのだ。

 正直、彼女の事は嫌いではない。火野さんと話しているとなんだか元気をもらえるような気がする。ただ、妙にボディタッチが多かったり、下ネタを廊下で平気で話すから、その辺は苦手だ。 
 ぼくがそもそも人見知りなのもあるけれど、それに彼女の見た目自体もなんというか、苦手なタイプだ。行ってしまえばギャル、オタクに優しいギャルなんて存在しないのだ。陰キャなぼくはどうしても警戒してしまう。

「んで、真面目な岸くんがなんでこんな時間に出歩いてんの?」
「塾の帰りで……」
「あはは、やっぱマジメくん〜!」

 火野さんはパーカーに手をつっこんだままゲラゲラと笑った。ぼくは愛想笑いで返したけど、不思議と嫌な気分ではなかった。火野さんみたいなタイプは苦手だけど、火野さんは何故か大丈夫なのだ。
 というよりむしろ、ぼくは……きっと火野さんが好きだ。嫌いではない、どころか好きだ。陰キャでオタクなぼくにも優しく話しかけてくれる火野さん。優しいギャルは皆に優しいのだと分かってはいるけれど、心のどこかで期待してしまっている自分が居た。

 期待、そう期待だ。何がそこまでおかしいのかまだ笑っている火野さんの体をつい見てしまう。白いパーカーの上からでも分かる大きな胸、そして黒いホットパンツの下に窮屈そうに収まっているお尻、すらりと伸びる褐色の生足、可愛らしい顔……。
 なんだかおかしい、火野さんの事は魅力的だと思っていたけど、なんで今日はこんなに彼女を性的な目で見てるんだ。これじゃまるで変態じゃないか、嫌われるぞと自分をしかりつけるけど、笑う彼女の体をじろじろと見つめてしまう。

「……あれ〜岸く〜ん? なにジロジロみてんだ〜?」
「えっ、あぁっ、ごめ……」
「おっぱいとか見過ぎだし! ドーテーかっての!!」

 また笑いだした火野さんに、ぼくはなにも応えられなかった。ぼくが黙っていると、火野さんはずいと体を寄せてきた。ふわり、と化粧品のような甘くいい匂いがぼくの鼻腔をくすぐった。

「んん? 岸くんマジでドーテーなん?」
「う……」
「だよね! だと思ったし!!」
「うぅ……」
「んじゃ、サクっとあーしで卒業しとくべ?」
「……え?」

 気が付くと火野さんは、ぼくの目の前まで来ていて、 

「だからぁ、貰ってあげるよアンタの……ド・ウ・テ・イ♪」
「え、だって、そんな……っ」
「どーせ彼女もいないっしょ? 岸くんオタクで陰キャだし!」
「ぅ……っ」
「だからぁ、あーしが卒業させたげるっての、ど?」
「でも火野さん、は……」
「エンリョすんなって! じゃ、決まりってことで!」

 訳も分からないまま、火野さんはぼくの手を握って歩き始めてしまった。「岸くんじゃホテルは入れねえしなあ」「家でヤっかー」「明日休みだし一晩中ヤれんじゃん」とか呟いていたけれど、頭がゆだってしまってその言葉の意味が理解できていない。ただ、繋がれた火野さんの手の温もりがぼくの中にまで入り込んでくるような感覚だけを覚えている。

     ◆

「ああ、うん……とっ、友達の家に泊めてもらうから……それじゃ」

 ぼくはお母さんとの通話を切って、震える息を吐いた。「部屋片づけっから待ってて!」とさっさと中に入ってしまった火野さんに玄関扉の前に置き去りにされていた。体中が熱くて自分がちゃんと立っているかも分からない。
 ここは魔物娘さんたちの寮だ。寮と言っても大型のマンションみたいな豪華な建物だ。さっきから腕を組んだカップルがぼくの前を通り過ぎたり、上や下からいかがわしい内容の話声が聞こえる。

 なんだこれは、現実なのか。

 あんなに可愛い火野さんがぼくを家に上げるのか、というかこれから彼女とセックスするのか。なんでこうなってしまったんだ、話が出来過ぎているんじゃないのか。怖い人が出てくるんじゃないのか。でも学校内の寮にそんな人が入れるは
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