少年が一人、森を歩いていた。
辺りをキョロキョロと見回しながら進んでは、時おりしゃがみこんで地面をまさぐる。どうやら薬草など、自分の村落で売買できる草類を採取しているようだった。
身寄りのない彼は、この森へ入り、薬草や山菜を採ることで口を糊していた。もうすぐ冬が来るので、この森で薬草の採取もできなくなる。そんな事情があるにも関わらず、少年が背負った籠にはほとんど収穫物はなかった。
このままでは冬が越せない。
少年は焦りから、いつもは立ち入らない森の奥にまで足を踏み入れていた。
この辺りの森には魔物が出るという噂があった。現に、森の奥深くまで立ち入った村人は、全員帰ってこなかった。そのため、森の深くまで入ることは禁じられていた。少年もそれは知っていたが、収穫が少ないことで頭がいっぱいになっていた。
「よし、これくらいあれば……」
そろそろ帰ろうか。そう思ったその時になって、少年は自分の状況に気がついた。辺りを見回してみるが、まったく見覚えがない。少年の顔から、血の気がうせた。
「ど、どうしよう……」
目に涙をため、鼻をすすりながら、少年は獣道をやみくもに歩いた。しかし、いつまでたっても見覚えのある道にはでない。少年が絶望し、大声で泣き叫び出したくなった――その時だった。
(……?)
どこからか香る、甘い匂いを少年は嗅ぎ取った。何かの蜜だろうか、甘く優しく、安堵するような香りに、少年は引き寄せられた。香りに誘われるまま少年は足を動かし、草むらをかきわけて進んでいく。獣道からも外れたところに、その香りの元があった。
香りの発生源は大きな花だった。大きな花びらは虫に食われることもなく瑞々しく桃色に輝いている。茎や中心の雌しべの部分も艶やかな黄緑色に輝いていた。その美しさに、少年は思わず見とれてしまった。
「うわあ……キレイ……」
「あら、ありがとう」
「えっ……?」
突然聞こえた女性の声に、少年は辺りを見回した。誰か人がいるのだろうか。少年の心に希望が沸いた。だが、その声の主は人間ではなかった。目の前の大きな花。その雌しべの部分が、少年の方を向いた。美しい女性の形をした魔物の雌しべ。声の主は、目の前の花だったのだ。
少年が驚愕と恐怖で言葉を失っていると、雌しべは――アルラウネは少年に顔を近づけた。ふわりと香った甘い蜜の香りで、少年はなんとか正気を取り戻した。
「あ……!」
花のモンスター。間違いない、森の魔物だ。逃げなきゃ。少年はそう思ったのだが、恐怖で足が動かない。それどころか、恐怖で腰が砕けてしまい、ぺたりと座り込んでしまった。
「あら?どうかしたの?」
「おっ、お願い……食べないで……っ!」
「え?食べる?」
「だって、お姉さん……森の魔物だよね?」
「ええ、そうよ」
「村の人が……危ないって……!」
「あー、なるほどね」
アルラウネはクスクスと笑うと、花弁から更に身を乗り出して微笑んだ。
「大丈夫、食べたりしないから」
「ほんとう……?」
「あー、うん……でも……別の意味でなら……」
「え……?」
「うーん……きみでいいかなあ
#9829;」
言葉の意味がわからず、目を瞬いていた少年の目の前に、アルラウネの手が差し出された。滑らかな黄緑色の手には甘い香りの蜜が滴っていた。
「いい香りでしょ?」
「う、うん……」
「とっても甘いのよ?舐めてみて」
「え、でも……」
「大丈夫、毒なんかじゃないから」
魔物の言うことなんて信じちゃいけない。少年は差し出された手を押し返そうとした。しかし、アルラウネの手からは立ち昇る甘い香りが、少年の思考を優しく鈍らせていった。思考や理性は追いやられ、少年の表情がぼんやりと緩んでくる。目の前に差し出された甘い香りの蜜を舐めてみたい。そんな本能や欲望が前に出てきた。
少年はぼんやりとした表情のまま、アルラウネの指を口に含んだ。その途端、少年の口いっぱいに蜜の味が広がった。甘く柔らかく、それでいて何時までも舌に残るような甘美な蜜。少年はしばらく我を忘れてアルラウネの指を舐め続けた。
「ちゅ……ちゅぷ……んあ……」
「どう?おいしい?」
「うん……おいひい……」
「ふふ、かわいい……うん、君に決定♪」
アルラウネは妖しく微笑むと、差し出していた手を引いた。少年の舌に指の感触を残し、アルラウネの手は少年の口から離れた。突然甘い蜜を取り上げられた少年は、残念そうに眉を下げてアルラウネを見上げた。
「あっ……」
「ふふ、もっと舐めたかった?」
「う……その……」
「いいよ、好きなだけ舐めさせてあげる」
「……ッ?」
気がつくと、少年はアルラウネのツタで全身を縛られていた。声をあげるまもなく、少年はアルラウネの花弁の中に引き込
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