後日談 ーある日の二人ー

……音がする。

音色。
歌っている。
……温められた醤油の匂い。

意識がはっきりとしてくる。
枕元を探って、眼鏡をかける。
時計を確認して、息を吸い込み身体を伸ばす。

洗面所に向かうところで、朝食を作るしずくさんに挨拶する。

「あっ、だんなさま。おはようございます」

返事の代わりに彼女のお腹を撫でると、かわいい反応が返ってくる。それを背に洗面所へ。

眠気の残る頭を、冷水ではっきりさせる。
昨夜も眠りに入る瞬間まで、しずくさんとしていた。だというのに……

「元気だねぇ、君も」

自分の股間をみて、皮肉を込めて笑った。

少し前までは考えられないような、私生活の変化。
食事をちゃんととるようになったし、身体が軽くなった。
他にも色々あるけれど、全てはしずくさんのおかげだ。

しずくさんに僕の本心を受け止めてもらってから、数ヶ月が経つ。
それから二人で暮らすようになり、今ではしずくさんのいない生活は考えられない。

確かにしずくさんは、他人とはちょっと違うところがあるけれど……

「だんなさまぁ。朝ごはん、一緒に食べましょうよぅ」

呼ぶ声が聞こえて、部屋に戻る。

「あしたは お や す み〜 おしごと お や す み〜」

茶碗の載ったお盆を持って、しずくさんが歌っていた。

膝をついてテーブルに置いたのを確認し、僕も後ろからそっと手を添える。

「いつも、ありがとうね。今日も、なるべく早く帰るから」
「だんなさま…… うれしいです。今朝はあんかけ炒めにしましたから、しっかり食べて、お仕事がんばってくださいね」
「うん……」

すぐに食事にすればいいのだけど、しずくさんの温かさが名残惜しくて、添えた手を回して抱きしめた。

「だんなさま……」

声に生返事をして、しずくさんの匂いを胸いっぱいに吸い込む。
愛らしさが込み上げて、腕の中の柔らかさを確かめた。

「あの…… だんなさま」
「……んん」

もう一度生返事をして、より強く身体を密着させる。

少しの間そうしていると、しずくさんがもぞもぞと動いて言った。

「だんなさま、その…… あたって、ます……」

はっと我に返り、慌てて食卓につく。
いくら毎晩のようにしているからといって、あまりに節操がなかった。

「ご、ごめんね。朝から…… ハハハ」
「いえ、そんなこと……。ただ、お料理が冷めてしまいますから……」

フォローも相まって余計に恥ずかしくなり、食卓に目を向ける。

股間は主張を続けているが、無視して食事に集中しよう。
僕が仕事の日には、しずくさんが朝食を作ってくれる。
炊き立てご飯と味噌汁に、おかず2〜3点。そして、それらを詰めたお弁当だ。
シリアルに牛乳をかけるだけだった頃からは想像できない。

「あんかけの味付けは、麺つゆから醤油に変えてみました。お味は、いかがでしょうか」
「麺つゆも良かったけど、こっちも美味しいよ。しずくさんの作る料理は何でもおいしいや」
「そんな…… 嬉しいです……。でも、大げさですよぅ。あたし、照れちゃいます」

そう言って頬を赤らめるしずくさんに、僕はなんだか嬉しくなって箸がすすむ。

しずくさんは小食で、いつも先に箸を置く。
そして僕が食事を終えるまで、笑みを浮かべながら他愛のない話に相づちをうつのだ。
平日はそうした流れになっている。

ところが、今朝に限っては違うようで……。

「旦那様、あたし、その……」

頬を染めたしずくさんが、隣にすり寄って言った。
耳元に熱っぽい吐息がかかる。食事前の抱擁がまずかったのだろうか。

普段はそんなことはないのに、しずくさんが昂っているときは、声を聞くだけで身体が熱くなってくる。
後頭部がぞわぞわする感覚がして、全身に伝播する。
抗えない熱が僕にも伝わってくるのを感じて、息を飲んだ。

「し、しずくさん。せっかく作ってくれたごはんが……」

しずくさんの作る食事はいつも美味しい。
手間をかけて作ってくれたのだし、ちゃんと味わっておきたかった。

「そう……ですね」

声が少し沈む。それだけなのに、酷いことをしてしまった気分になる。
味を確かめながらも、早めにすませようと箸を運ぶ。
しずくさんは無言のまま、ゆっくりともたれかかってきた。

「あ、あの……しずくさん?」

もう数口分だけのご飯が入った茶碗を持って、隣を見る。

頬を紅く染めた、しずくさんの顔。
たっぷりとした長い黒髪を後ろでまとめた、白い肌との対比が美しい。
吸い込まれそうな黒目がちの瞳。控えめにツンとした鼻。
ぽってりとしてわずかに濡れた唇。それら全てが、ほのかに熱をおびて弛んでいた。

視線を動かす。

やはり、しずくさんの昂りは全身にまわっているようだ。
薄手の着物に包まれた胸元は僅かにはだけ、たっぷりとした乳房
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