深く沈んだ眠りからゆっくりと浮かび上がる。
目をあけると、布団は掛けられていたものの首から下をしずくさんに覆われたままで少し驚く。試しにもぞもぞと動いてみるが、特に変な感じはしない。
左にやわらかい感触を感じて目を向けると、しずくさんが寝ていた。
しずくさんは薄い着物――襦袢というのだったか――を着ていて、半分抱き着くような格好ですうすうと寝息を立てている。
しずくさんの顔と息遣いを感じて、昨晩の痴態を思い出す。
こんなにきれいな人としたんだなと思い、幸福感と共に胸が甘酢っぱくなる。
自然に身体が動いて、しずくさんの背中に手を回し、脚を絡ませる。
僕の全身を使ってしずくさんを抱きしめる。
しずくさんの確かなやわらかさと温かさに、これが現実であることを実感する。
芳醇な香りが淡く漂っていて、彼女の胸に顔をうずめて何度も胸いっぱい吸い込んだ。
「んふふっ、くすぐったいですよぅ、だんなさまぁ。あたしのにおい、気に入っちゃいました?」
かぐわしい香りに夢中になっていると、しずくさんが目を覚ました。
いたずらっ子をあやすようなやわらかい声を浴びせつつ、頭を撫でてくれる。
僕はまどろむ頭をしずくさんのにおいでいっぱいにしようと、おもいきり顔をうずめて深呼吸した。
やがて思考がはっきりしてきて、完全に覚醒する。
しずくさんはずっと頭を撫でてくれていて、僕はしずくさんを見上げて言った。
「しずくさん、昨日はありがとうね。結局してもらうばっかりになっちゃって。その、うまく言えないけど……すごかった」
しずくさんがやわらかく笑って言う。
「ありがとうだなんて、そんな。あたしこそ、だんなさまのおいしい、おいしい精を、たぁくさんいただきました。それにあたしも、ちゃんと気持ちよかったですよぅ。
だからとまらなくなっちゃったんです。ほんとう、誠実なだんなさま。あたし、ますます夢中になっちゃいます」
流されるままの痴態を肯定され、くすぐったいような気持ちになる。
くつくつと自然に笑みがこぼれ、しずくさんもつられて笑う。
しばし幸福をかみしめて、ゆっくりと深呼吸した。
「ねぇ、しずくさん。すこし、僕の話をしてもいい?」
「もちろん。あたし、だんなさまのこと、もっと知りたいですよぉ」
「うん、ありがとう」
ずるい言い方だと思う。しずくさんは断らないと分かっている。
でも、僕が勇気を出すためには、必要な手続きだった。
「僕ね、前の会社でうだつが上がらなくて。
人手が足りないって、大事な仕事任されたときは嬉しくってさ、無我夢中でやった。それからは、いろいろうまくいきはじめたんだけど」
胸の痛みは、もうぶり返すことはないのかもしれない。
でもこのまま向き合わずに、しずくさんに癒してもらって終わりにはしたくはなかった。
「いきなりセクハラでっちあげられて、おおさわぎさ。意味わかんないよね。食らいついてみたけど気力が尽きて、さようならってわけ」
感情がこみ上げてきて、視界がにじむ。
頭を撫でる手の動きが大きくなって、撫でまわすようにしてくれる。
「それからは流されるまま。なんとか就職できたけど、ただ生きる為に働いて、こんな人生、いつまで続くんだろうって、そう思ってた」
しずくさんが温かくて、胸が一杯になり涙がこぼれる。
襦袢を汚さないように頭を離そうとしたけど、しずくさんは抱え込むように胸と両腕で包んでくれた。
「だんなさまは立派にやっていますよぅ。心のきず、だれにも言わずにこらえて、つらいことも飲みこんで。目のまえのおしごとを懸命にして、いちにち、いちにちをきざんで……」
精から僕のことが伝わっているなら、全部お見通しだろう。
胸に抱え込んでもらっている安心感と、理解者の存在感が胸を満たす。
嗚咽が止まらなくなり、涙とよだれでしずくさんの胸をぐちゃぐちゃにしてしまう。
しずくさんはかまわず撫で続ける。
「そんなだんなさまだから、あたしは出会えたの。あのとき声をかけてもらえなかったら、だんなさまのぬくもりも、精の味もしらないままだった。
これからはあたしが一緒よぉ。つらいとき、くるしいときもね。悲しいことははんぶんこ、楽しいことはふたりでたくさん、たぁくさん、よぉ。だんなさまはあたしの、とても、とってもたいせつなのよ」
しずくさんは僕の嗚咽が止まるまで、僕の頭をじっくりと撫で、胸に抱えこんでくれた。僕はしずくさんを強く抱きしめて、ひたすら泣き続けた。
僕の過去は、今この瞬間を迎えるために欠かせないものだったのだ。そう信じることができる。
僕はもう、過去に苦しむことはない。今の僕には、しずくさんが居る。
そこまで考えて、しずくさんの芳しい匂いを胸いっぱいに吸い込んだ。
「ところでその、だんなさまぁ?」
頭にし
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