ノーマルはおあずけ

夢ごこちのまま朝日を認識し、自分が寝ていたことを理解する。
直前まで深く眠っていたのか頭の回転が鈍く、思考がまとまらない。

昨晩は外で夕飯を食べた。最近外で食べることが無かったからよく覚えている。

雨の中自分の部屋に帰ってきて、そこで……。
綺麗な、あの人が倒れていて、ちょっと迷ったけど助けたら気持ちよくて……。

昨晩の快感が身体に残っているような気がして、寝ぼけた頭で昨晩の感覚を求め四肢を伸ばす。
肺に溜まった空気が喉を抜けて音を出す。

そこではっきりと事態の異常性を認識して、がばりと身を起こした。

昨日のあの人はどうなった? 部屋の外で気絶したはずが部屋で寝ている。
誰かが部屋で解放してくれた? そもそも昨晩のアレは現実だったのか?

状況を確認しようと眼鏡を探す。

枕元にたたまれたそれをかけ、自分以外の誰かが介抱してくれた可能性を検討する。
外した眼鏡はいつも適当に置くか、かけたまま寝てしまうからだ。

まずは顔を洗って、玄関周りと外を確認しよう。
そう思い洗面所に向かう。

昨日出かけたときに持っていた鞄と、買った本が机の上に置かれていた。
いつも置く場所ではない。

やはり誰かが入ったんだな、と確信しつつ洗面所の扉を開けると、洗面所も浴室も電気がついていた。
つけっぱなしで出かけたらしい。勿体ないことを、と思いつつ浴室の明かりを消す。

途端に「きゃっ」という女の人の声が浴室から響き、心臓が跳ねた。
恐る恐る浴室の方を向くと、浴室の扉がくの字に開いて声の正体が現れた。

「だんなさまぁ、お掃除中ですよぅ。消さないでくださいな」

昨晩の彼女だった。固まる僕をそのままに、僕の手を取って両手を添えた。
温かい手の、ふっくらとした感触。

「驚かせてごめんなさいねぇ。ちょっとお風呂に垢が溜まっているみたいだったから。
せっかく入るなら、綺麗な方が良いでしょう?」

首をかしげるようなしぐさ。
もともとの艶っぽさとは違うかわいらしさが垣間見えて、頬が熱を持っていく。

添えられた手のぬくもりと柔らかさに、心拍数が上がったまま落ち着かない。

「あの……、綺麗にしてもらえるのはありがたいんですが、その、あなたは……?」

緊張で思考が停滞し、口が勝手に動く。もっと具体的に、名前やいきさつを聞かなければならないのに。

「あら、あたしったら自己紹介もまだだったわねぇ。あたしね、しずくって言うの。春雨しずく(はるさめ―)よ。よろしくねぇ」

おっとりとした独特のペースで名前を告げられる。
その言葉の切れないうちに目を合わせて笑みを向けられると、ますます思考ができなくなってしまう。

「ぼ、僕は、あ、いや、私は、海野(うみの)です。海野、優之(やすゆき)。よろしく……」

赤面した顔を背けて何とか言えたが、よろしく、に至っては喉が鳴ったような声しか出ていなかったと思う。

一瞬の沈黙の後、彼女が動いたことを感じたときには、彼女は僕の胸に顔を寄せていた。
おなかには彼女の大きくやわらかいところがあたって、甘くてやわらかいせっけんのような匂いがした。

「だんなさま、たくさんドキドキしてます。うれしい、です。
だんなさまに助けてもらえたあたしは、幸せものです。最初に精をいただいたときには、きらわれてしまったかと思いました」

最初との言葉に、はじめて会った時のことを思い出す。

「あ、あの時はごめんなさい。謝らなくちゃと思ってました。急に突飛ばしたりして」

「謝らないといけないのはこっちのほうですよぉ。いきなり口を吸われて驚かれたのでしょう?
あたしたちは声をかけてくれた男の人を夫にするんです。声をかけてくれたのがうれしくって、ついはしたないことを」

なんだか言葉の端々におかしな単語が並んでいる。
さっきは精とか言ってて、今度は夫とは。
目先の心地よさに心を奪われそうになっていたが、だんだんと冷静な思考ができるようになってきた。

「あの、すみません、ちょっと、言ってることがわからないです。精とか、夫とか。
私はあなたに傘とタオルを貸しましたけど、それで夫ってどういうことですか」

そう問いかけると、彼女は僕から離れて、くつくつと笑った。

「あたしったら、肝心なことを言ってなかったわねぇ、ごめんなさい。驚かないで、聴いてほしいんだけどね、あたし、人間じゃないんです。
ぬれおなご、っていう、魔物なんです」

彼女は言った。僕は困惑して動けない。

「実際に見てもらった方が早いかしら」と言うと彼女は身体を震わせる。

すると彼女の浴衣にシミが現れ、みるみるうちに広がっていく。

顔や手は青みがかり、青磁そのものの色に変わった。なにより、彼女の浴衣からしみ出した液体が水たまりを作るのを見て、人間ではないと確信した。

「驚か
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