とある猫の気ままな放浪。そのろく。

「――ワーキャットだ!」

 その叫び声に、アレクは信じられない気持ちで顔を挙げる。
 よりにもよって、このタイミングで。
 怒声に混じって、ちゃりちゃりと金属音がぶつかり合う音が聞こえる。
 それは、あの首輪の鎖が奏でる音。彼女に、間違いない。

「逃がすなよ。足を狙え!」

 何とか声のする方に視線を向けると、そこには確かにあのワーキャットの姿があった。
 槍を持った賊達に追い立てられ、木々の間を縫うように走り回っている
 
「――んにッ!」

 賊の突き出した槍が、彼女のわき腹を霞める。
 自らを裂かれたような、ぞっとするような感触がアレクを襲う。
 しかし、彼女は怯むことなく攻勢に転じた。
 機敏な動きで賊の持つ槍に飛び乗り、ついで賊を踏み台にして木の枝へ乗り移る。

「――にぃ」

 ワーキャットは、賊達の位置を確認するように視線を巡らし、そしてアレクを見つめる。
 まさか…助けてくれたの、だろうか。
 しかし彼女は、不機嫌そうに眼を細めた後、すぐに目をそらす。
 まるで、『お前の為ではない』と言わんばかりに。

「弓で狙いを定めろ。つかず離れず、奴の爪が届かない距離からやれ」

 低く、冷たい声が辺りに響き渡る。
 視線を向けると、そこには静かな表情でワーキャットを見据える頭領の男の姿があった。
 人を殺す事をためらわない人種特有の、冷徹な瞳。
 先ほどまでの好意的な表情が、嘘のようだった。

「――に…!」

 一斉に放たれた矢を、ワーキャットは辛くも回避する。
 しかし、賊達の射撃は止まらない。
 頭領の男の指示のもと、賊達は淀みない動きで彼女の行く先へ回り込み、弓を放つ。
 まるで、彼ら全員が一つの生き物であるかのように、彼女を追い詰めていく。

 このままでは、彼女が危ない。
 アレクは、逸る気持ちを抑えつけながら状況を分析する。
 今、アレクの方を向いている者は、誰もいない。
 すぐそばにはあの痩せ男が剣を手に立っていたが、視線は彼女に釘付けになっている。
 やるなら、今しかない。

「ッう…!」

 身体に力を込めると、二度蹴られた腹部が痛みを発した。 
 しかしアレクは構わず、反動をつけて身体を無理やり立ち上がらせた。
 腕は後ろ手に縛られたままだったが、地面に膝をついた姿勢に復帰する。
 当然ながら、傍らにいた痩せ男がはっとして視線を向けてくる。

「な、てめ――んがッ!?」

 痩せ男が言葉を発する前に、アレクは勢い良く立ち上がった。
 アレクの頭頂部が、痩せ男の顎に激突する。
 脳を揺らされ、ぐらりと痩せ男の体が傾く。

「痛ッ…!」

 アレクは、思わず小さな呻き声を出してしまった。
 頭突きが痛かったのもあるが、最大の原因は突如右腕に走った鋭い痛みのせいだ。
 どうやら立ち上がる際、痩せ男が持っていた剣で腕を切ってしまったらしい。
 しかしそれによって、運良く腕に巻き付けられていた縄も切れたようだ。

「――ヤロウ!」

 一番近くにいたもう一人の賊が、罵声と共に襲い懸かってくる。
 アレクは自由になった腕で、未だふらついている痩せ男から剣をひったくった。 
 そしてほとんど反射的な動きで、相手の剣戟を受け流す。

「んな――!」

 襲いかかってきた賊は、勢い余ってつんのめる。
 その途端、アレクは右肩をがしりと掴まれた。
 悪寒と共に視線を向けると、そこには憤怒の表情で膝をつく痩せ男の姿。

「ひっ――!」

 咄嗟に、アレクは剣を持っていた右腕を振るう。
 ごん、と鈍い音が響く。
 剣の柄で顔面を薙ぎ払われた痩せ男の体が、勢い良く吹っ飛んだ。
 鼻血を吹き出しながら、痩せ男は地面にどしゃりと崩れ落ちる。

「はぁ――はぁ」

 不測の事態の連続に、アレクは荒い息を吐き出す。
 しかし、まだ事態は解決した訳ではない。アレクはすぐさまワーキャットの姿を探した。
 彼女は、少し離れた位置から呆然とした表情でアレクを見つめていた。
 そしてそんな彼女目掛けて、一人の賊が弓を引き絞っていた。

「――危ない!」

 その叫びに、彼女は即座に反応した。
 間一髪、射られた矢は彼女の身体を霞めることもなく、背後にあった木に突き刺さった。
 アレクは、ほっと一息ついた。しかし、すぐに辺りの状況を思い出して凍りつく。
 視線を巡らすと、賊達が敵意に満ちた視線でこちらを見ている。
 
「――!」

 ざり、と砂を踏む音。
 アレクは身体を捻りながら剣を構える。
 がきん、と背後から振り下ろされた剣が、金属音を立ててアレクの剣と絡み合う。
 ――剣を扱うのは、久しぶりだ。しかし、自然と身体がついてくる。
 幼少時の頃、指南役にこっぴどくしごかれたおかげだろうか。

「くっ――」
 
 それでも、多勢に無勢だ
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