とある猫の気ままな放浪。そのご。

「んだこりゃ。話が違うじゃねぇか」

 そう言ったのは、ひょろ長い痩身の男。
 アレクの荷馬車の中に頭を突っ込んで、中のモノを勝手に漁っている。
 取り出した瓶を、頭領らしき巨漢の男に渡す。
 頭領の男は瓶の中を覗き込み、そして軽く一飲みする。

「酒か。ちと甘いが、中々の上物だな。
 へぇ、旦那が造ったのか?」

 賞賛するような声と、眼差しを向けられる。
 しかし、その質問に対して好意的に答えられるほどの余裕はアレクに無い。
 縄で後ろ手に縛られ、地面に座らされている状態。
 おまけに剣を突き付けられて、どうやって好意的に答えろというのか。

「隊長ぉ。一応全部調べましたけど、薬草なんてどこにも見当たりませんぜ?」
「そうか。まあ、その可能性もあるとは思ってた。
 結構貴重なモンだしな。いつも持ち歩いてるはずはねぇか」
「チッ…クソったれな神様め。まぁたハズレかよ。
 今度こそは、と思ったんだけどなぁ…」

 痩せ男と頭領の会話から、アレクが襲われた理由がだいたいわかってきた。
 彼らの狙いは、メディが採ってきてくれたあの貴重な薬草。
 おそらく、アレクがマルクとの交渉に薬草を使ったという話が、どこからか漏れたのだろう。
 既に遅すぎた事だが、もっと慎重に事を進めるべきだったかもしれない。

「まあ、良いじゃねぇか。この酒だって、結構な上物だ。
 飲んでもいいし、売りゃあ金にもなるだろうさ」
「そうはいっても…この人数で割るには少ないと思いますよ。
 売るにしても、それで全員分の食料まで賄えるとはとても…」 
「俺は別にいらねぇよ。お前らで分けりゃ、まだマシな感じになるだろ」
「そういう訳にはいかねぇでしょう。誰のおかげで俺達が生き残れたと思ってんスか」
「その通りっすよ。隊長だってハラペコでしょう? こんな時に見栄張らねぇで下さい」
「うるせぇな。じゃあ、他にどうしろっつうんだよ」

 アレクをほったらかしにして、賊達は喧々囂々と会話を続ける。
 改めて彼らの容姿を確認すると、誰も彼もボロボロだった。
 身に纏っているのは、安価な皮製の鎧。しかし、どれも傷だらけで元の用途を為せているとは思えない。
 中には、上半身がほとんど裸の者までいる。どこかの戦から、落ち延びでもしたのだろうか。

「ともかく、これじゃ全然足りませんよ。
 どうにかして、もう一稼ぎするしかありませんて」
「つってもなぁ…もう当てなんかねぇだろ。
 近場の村はもう臨戦態勢で、話し合いすら無理な状況だ」
「ったく、お前が暴れるからこんな事に…」
「し、仕方ねぇだろ! 腹減ってんのに何もよこさねぇアイツらがワリィんだろうが!」
「あー、もう。落ち着けお前ら」

 空腹なのだろう。全員、相当気が立っている様子だ。
 見たところ、冷静に見える人間は棟梁の男だけ。
 この雲行きからすると、積み荷だけでは済まされないかもしれない。
 アレクは賊達と眼を合わせないようにしながら、静かに逃げる糸口を模索する。
 
「一つ提案何スけど。
 今からコイツの家に行って、家捜しするってのはどうですか?」
「――!」

 とんでもない発言が、盗賊達の喧騒の中から聞こえてきた。
 アレクの表情が、一瞬凍りつく。

「確かに、コイツは今薬草を持っていない。
 でも、コイツが住処にしてるっつー山小屋にはまだ薬草があるんじゃないスか?」

 その言葉に耳を傾けた頭領が、ふむと顎に手を添える。
 賊達の視線が、次々とアレクに突き刺さる。
 飢えに飢えた、獣の眼。底知れぬ恐怖に、心臓が縮みあがる。

「な…なあ、コイツの家は、あの…化け物の森の近くなんだろ?
 だから、わざわざここで待ち伏せてたんじゃねぇか」
「それは、俺達がコイツの家の場所を知らなかったからだ。
 コイツに安全な道を教えて貰えば、何ら問題はねぇわけだ」

 同僚らしき男の異議にそう答えながら、痩せ男はアレクの傍らに近づいてくる。
 野性の狐を髣髴させる、細く狡猾そうなつり眼。

「聞こえてたな? 
 残念ながら、このままだとお前は自分の命すら買えねぇことになる。
 どうすればいいか、わかるよなぁ?」

 アレクに顔を近づけながら、ドスの聞いた声で痩せ男が言う。
 確かに、家にまだ薬草は残っている。
 ただ薬草を奪われる。それだけなら、問題はない。
 
 しかし――山小屋には、メディがいる。
 冗談じゃ、ない。
 彼らの前にもし彼女が突き出されたら――そう思うだけで、怖気が走る。
 こんな野蛮な人間達を、メディのところに連れて行けるわけがない。

「…お断り、します」
「あ?」
「積み荷なら、全て差し上げます。
 ですが…あなた方を私の家に案内することは、できません」
 
 俯きながら、アレクは言う。はっきりと、淀みなく。
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