とある猫の気ままな放浪。そのよん。

「昨夜は、お楽しみでしたねぇ」

 思った通り寝坊してしまった、次の日の昼頃。
 芝居がかったその一言に、アレクは思わず果実酒を吹き出しそうになってしまった。
 傍らでは、メディがきょとんとした顔で首を傾げている。

「…ごほっ。ヤン、突然何?」
「いや、知り合いに聞いたんだよ。
 スライムは胸を見ると、どれだけ多くの栄養を摂取してるかわかるってな」
「胸?」

 アレクは咳き込みながら、ちらりとメディの方を見やる。
 以前、メディの身長はアレクの腰より少し高いくらいだったが、今では首近くまで伸びている。
 そして確かに、胸の大きさは何倍にも膨らんでいる。少なくとも、昨日はここまで大きくなかった。
 メディは両頬に手を当てて、何やら恥ずかしげにくねくねしている。

「…ヤン。もっと他に見るところがあると思うんだけど」
「なんか、前よりさらに嬢ちゃんの密着度上がってねぇ?
 お前ら見てるとなんかムカムカしてきた」
「いや、そうじゃなくて…」
「ああ、そういや色変わってんな」

 こともなげに、ヤンは言う。
 もっと大きい反応を見せても良いと思うのだが。
 
「一応聞くけど…普通のスライムって、こんな風になったりするの?」
「少なくとも、俺は聞いたことがねぇな。
 見た事あるわけじゃねぇが、スライムって養分蓄えると分裂するんだろ?」
「だよね」

 アレクが魔物図鑑から得た知識では、そういうことになっている。
 しかしメディは、なぜか分裂せずに『進化』した。
 普通のスライムから、知能が増したレッドスライムに。

「アレク。私、変なの?」
「え? あ、いや。そういうわけじゃないけど…」

 メディの口調は、以前と比べて鮮明なモノになっている。
 良いか悪いかと言われれば、どちらかといえば良いに決まっている。
 しかし、どうしてそうなったかはやはり気になる。

「何か心当たりとかねぇの?」
「心当たり?」
「嬢ちゃんがこうなった時、状況はどんな感じだったんだよ」
「どんな感じって…」

 アレクの脳裏に、昨夜の失態が浮かび上がる。
 ワーキャットに襲われ、メディに主導権を握られ、
 そして――初めて、メディと正しい意味合いで交わった。
 ちなみにあの後、メディの勢いは中々収まらず、アレクはさらに2回ほど搾り取られてしまった。
 
「………」

 ちらり、とアレクはメディの方を見やる。
 奇しくも、メディも同じようにアレクを横目で見ていた。
 彼女の体は元から赤いが、どことなく頬が赤くなっているような気がする。

「…仲良いな、お前ら」

 呆れる様に、ヤンが呟く。
 アレクとメディは、慌てて視線をそらしあってしまう。
 ヤンはやれやれと首を振りながら、果実酒の入った瓶に手を伸ばそうとして、

「…あ。私が、やる」

 メディがすかさず瓶を手に取った。
 そして、器用にヤンのジョッキに果実酒を注ぐ。
 おお、とヤンが驚いたような声を挙げる。

「気が利くじゃねぇか。どういう風の吹きまわしだ?」
「ヤンは、アレクの御客さん、だから。…怪しい、けど」
「怪しい、は余計だっつの…」
 
 以前と比べ感情豊かな表情を見せるメディと、不満げに果実酒をあおるヤン。
 微笑ましい光景に、アレクは思わず顔を綻ばせてしまった。
 ヤンは何やらじろじろとメディの顔を見ていたが、やがて視線をアレクの方に向けて言う。

「まあ、いいや。ところで、あの猫の事なんだけどよ」
「猫? …もしかして、あのワーキャットのこと?」
「ああ」

 …この話題は、大丈夫なのだろうか。
 アレクは少し不安になり、少しだけメディの顔色を窺う。
 しかし、意外にもメディは全く気にしていない様子。むしろ、余裕すら窺える。
 昨日は、あれほど嫉妬していたというのに。

「もう、良いの」
「…え?」
「私が、先に貰ったから。…アレクの、初めて」
「っぶ!」

 耳元で囁かれたその言葉に、アレクはまた果実酒を吹き出しそうになってしまった。
 幸いにも聞こえていなかったらしいヤンが、訝しげな顔でこちらを見る。

「どした?」
「…ごほっ。い、いや、なんでもないよ。
 で、あのワーキャットがなんだって?」
「あー、いや。大したことじゃないんだが…
 とりあえず、マルクから軽く事情を聴けたんだよ。一応伝えとこうかと」
「マルクから?」

 メディも少し興味があるようで、瓶に果物を詰める作業を進めながらも意識がこちらを向いているのがわかる。
 アレクとメディが話を聞く気になったのを確認してから、ヤンは淡々と語り始める。

「聞くところによると、あの猫は最近マルクの村でお尋ね者扱いされてたみたいだな。
 一度は捕まえたらしいんだが、逃げられたらしい」
「何か、悪さでもしたの?」
「大したことじゃね
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