とある猫の気ままな放浪。そのに。

「――にゃあ」

 猫の鳴き声。かすかに聞こえたそれは、紛れもなくあのワーキャットのモノ。
 傍らで果物を樽に詰めていたメディが、ぴくりと体を震わせる。

「また、きた」
 
 どことなく不機嫌な様子で呟き、メディは窓に駆け寄る。
 アレクはちらりと一度だけそちらに目をやったが、すぐに視線を手元に戻す。
 どうせ、いつものように辺りをうろついているだけだろう。

「にゃおん」

 アレクは、瓶の蓋を開ける。芳醇な香りが、辺りに漂う。
 香りは…まあまあ。院長先生が造ったモノには及ばないが、自分にしては良くできた方だと思う。
 少しだけ舐めてみる。甘い。しかし甘すぎるほどではない。酒気も程良い、そこそこの果実酒。

「フー」
「むー」

 ちゃり、と金属音が耳に届く。いつの間にか、ワーキャットの鳴き声が近付いてきていた。 
 戸口を見やると、メディが家の入口に立ちふさがってワーキャットを威嚇していた。
 どうやら、ワーキャットの目当てはこの果物酒らしい。匂いにつられてやってきたのだろうか。

「にゃ!」
「だめ!」

 小さい両腕をめいいっぱい広げて、ワーキャットを通すまいとするメディ。
 小柄な身体を低く沈め、今にも飛び出しそうな姿勢で身構えるワーキャット。
 ワーキャットは、しばらく隙を探すようにじろじろとこちらを見ていたが、やがて諦めたのか姿勢を崩した。

「にゃ〜」

 とことこと、何事もなかったかのようにワーキャットは去って行った。
 相変わらず、引き際をわきまえている。
 やれやれ、とアレクはため息をつきながら次の瓶に手を伸ばそうとした――その時、

「お。結構うまくできてるじゃねぇか、この酒」
「うわぁ!?」

 いつの間にか、先ほどまでメディがいた位置にヤンが居た。
 しかも、先ほど味見したばかりの果物酒を勝手に飲んでいる。
 アレクの声に驚いたメディが、びくりとこちらを向いた。そして、ヤンを視界に捉えるなり叫ぶ。

「そこ、わたしのばしょ!」
「ん? ああ、わりぃわりぃ」
 
 ヤンはすぐさま椅子から立ち上がる。入れ替わるように、メディはアレクの隣に座る。
 メディは何気なくアレクに寄りかかりながら、元の作業を再開する。

「相変わらず、仲良いなお前ら」
「…それはともかく、もっと他に言う事はないのかな? どこから入ってきたの?」
「そこの窓。嬢ちゃんと猫が喧嘩してたから、こっちに回り込んだ」

 盗人同然の行動だ。此処が町なら、自警団に突き出されても文句は言えない。

「んだよ。今度、酒を飲ませてくれるって約束だったじゃねぇか」
「勝手に入ってきても良い、とは言ってないよ…」
「元は俺んちだろ。良いじゃねぇか別に」

 相も変わらず、傍若無人な物言い。それでも、嫌な感じがしないからつくづく不思議だ。
 意外にユーモアがある、とでも言うのだろうか。とっつきにくいのは顔だけなのかもしれない。

「おい。今、何か失礼なこと考えてなかったか?」
「え。あ。いや別に」
「ふぅん?」

 怪しむ様に首を傾げた後、ヤンは果物酒を一飲みする。
 ひやりとするアレクの前に、中身の液体が半分ほどになった瓶がごとんと置かれる。

「そういや、あの猫まだこの辺りをうろついてんのか。
 ほっときゃどっかに行っちまうと思ったんだがな」

 突然思い出したかのように、ヤンは言う。
 猫、という言葉にメディがかすかに反応を示す。

「うん…そう、だね。どうして、僕の馬車に潜り込んでたんだろ」
「さぁな…だがまあ一番妥当なのは、村から逃げ出すためってところだろ」
「どういうこと?」 

 手に持つ瓶の蓋を締め直しながら、アレクは聞き返す。
 ちびちびと果物酒を舐めながら、ヤンは天井を仰ぐ。

「あの日、村の出口には見張りが立ってたからな。何かあったって証拠だ。
 村の外からやってくる何かを警戒してたのか。はたまた、村の内部にいる何かを逃がしたくなかったか」
「彼女が――あのワーキャットが、何か悪い事をしたということ?」
「そんなところじゃねぇの」

 どうやら、ヤンはこの件に関してあまり興味を持っていないようだ。
 言葉の端々がひどく投げやりに聞こえる。

「見たところ、そんなに凶悪な魔物には見えなかったけど…」
「まあ、一見そう見えるが…魔物は魔物だ。正直、あんまり関わらない方が良いと思うぞ」
「そう…かな」

 意図せず、煮え切らない返事を返してしまった。
 こん、とヤンは飲み干した葡萄酒の瓶を机の上に置く。
 そしてどこか遠くを見るような眼で、ぼそりと呟く。

「罪人然り、奴隷然り…首輪を掛けられてる奴に、碌な奴はいねぇ。
 面倒事に巻き込まれたくなかったら、近づかない方が吉だ」

 ヤンの言葉はひどく重く、そして冷めていた。
 おそら
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