とある従者の不思議な探検。そのろく。

「――成程、アクイラ伯が…そういうことでしたか」

 来るのは二度目になる、アレクが住まう小屋の室内。
 果実酒を振舞われながらアレクから一通り説明を聞き、マルクはやっと事の全容を把握した。
 二人の騎士達と、十字架のペンダントを持つ少年。そして、病床に伏したアクイラ伯。
 アレクの話は、軽々しく話すべきではない内容だったが、言い触らしたりすることがなければそれほど危険な情報でもない。

「この話は、村の者には秘密にしておきます。
 かのアクイラ伯がご病気であるということが広まったら、大変なことになりますからね…」 
「話が早くて助かります。
 それと、出来れば騎士の方々にも、ウィルのことを言わないで貰いたいのですが…」
「わかりました。私は何も聞かなかった、ということにしておきます」

 もし騎士達にウィルという少年のことをばらせば、アレクの心象が悪くなるのは必至。
 騎士様には申し訳ないが、此処はアレクの味方をせざるを得ない。
 話を聞く限り、騎士様に伝えなくとも余程のことがない限りは面倒なことにはならない。
 そう、マルクは考えた。

「それにしても…まさか、アクイラ伯がご病気とは…
 私としても、残念です。辺境伯様には、色々とお世話になっておりますので」
「マルクさんは、アクイラ伯に会ったことがあるのですか?」
「いえ、直接会ったことはありません。
 しかし、良く民の言葉に耳を傾けてくれる方であると思います。
 以前、小麦が不作であった時、近辺の村の村おさと共に徴税について談判を行ったところ、
 話を聞き入れてくれたばかりか、村に対して食料の支給を行う手筈まで整えて下さいまして」
「それは…確かに、今時珍しい方ですね」

 尤も、無償というわけではない。
 一時保留された徴税と支給に費やした費用、そして延長に対する追加徴税は、来季か別の季節の作物――例えば、葡萄の収穫の際に、撤収されることになるだろう。
 それでも、徴税の滞りに対して村人を拷問することしかしなかった以前の領主と比べれば、破格とも言える待遇だ。

「もし何か手伝えることがあれば、なんなりと。微力ながら、力になりましょう」
「ありがとうございます。
 そうですね…当面は、レオンさん達にマンドラゴラの情報を提供する形で良いと思います。
 それが、間接的にアクイラ伯を救う助けになるでしょう」
「了解しました。では、もし何かわかりましたら、旦那にも連絡しますよ」

 マンドラゴラ。見たことはないが、図鑑で容姿は把握している。
 村の連中にそれとなく聞いて回れば、何らかの情報が得られるかも知れない。

「ところで、話は変わりますが…マルクさんは、どうしてあの場所に? もしかして、私の家を訪れる予定だったとか…」
「いえ、そういうわけではありません。これは、村の連中には秘密にして欲しいのですが…
 私は時々、『森の精霊』様にお供え物をしに来ているのですよ。今日はその帰りに、あの場に遭遇してしまいまして」
「『森の精霊』…ですか?」

 少しだけ驚いたように、アレクが目を見張る。
 見たところ、『森の精霊』の事を全く知らないという様子ではない。

「ヤンに少し聞いたことがあるのですが…『森の精霊』とはどのような方なのですか? 私は、詳しく知らないのですが…」
「おや、そうでしたか。『森の精霊』というのは…この辺りに伝わる言い伝えのようなモノです」
「言い伝え、ですか?」
「ええ。この森には古くから森を守っている守り神がいて、あまりにも木を傷つけたり切り倒したりすると彼女に嫌われ、罰を受けると言われています。
 昔は、この事を『森に嫌われる』と言っていて、逆に彼女に好かれることを『森に好かれる』と呼んでいたらしいです。
 何でも『森の精霊』は、『双神樹』と呼ばれる二つの大木の、そのまた向こうにある大樹の化身だそうで。『森の女神』とも呼ばれていますね」
「森の、女神…」

 興味深げに、アレクはマルクの言葉に耳を傾けている。
 流石魔物二人と同居しているだけはあって、この手の話題にも抵抗がない様子だ。
 これが村の連中だと、おぞましいだの不吉だのと一切耳を傾けようとしないところだろう。

「ここだけの話ですがね…私は一度、その方に助けられたことがあるのですよ」
「え? というと…会ったことがあるのですか」
「ええ。その時のことは、少々記憶が曖昧なんですがね…」

 柄もなく、昔のことを思い出してまう。
 大切な思い出だが、異教徒と勘違いされてもつまらないので、村の連中には一度も話したことがない。
 旦那は教会の修道士と聞いているが、その割に教会の思想に囚われない自由な思想を持っているように思える。
 この人にならば、話しても問題ないだろう。そう思い、マルクは言葉を続けた。
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