「おい、いつまでショック受けてんだ。そろそろ回復しとけよ」
「だって…ショック受けるでしょ、普通…この年で、子持ちとか言われるなんて…」
「ご、ごめん、なさい。私、変なこと、言った?」
誰かの声が、聞こえる。
ぼやけた視界に、木で作られた天井が映る。
「まあ、それは置いといて――どうすんだよ。
今から村へ行けば、一応日が暮れるまでには間に合うと思うが」
「んー…確かにそうかもしれないけど、本人が目を覚ましてからの方が良いんじゃないかな。
まだ詳しい事情もわからないし」
頭がぼーっとしていて、うまくものを考えることが出来ない。
此処は――どこ、だろうか。少なくとも、屋敷の自室ではない。
「アレク。包帯、ある? 右足の怪我、結構深い」
「あ…ホントだ。それじゃメディ、お願いできる?」
「ん、わかった。任せてー」
ぬるりとした何かが、右足にまとわりつく。
まるで、水の中に足を沈めたときのような感触。
水――何か、思い出しそうになる。水。川。川に――落ちた?
そうだ、思い出した。僕は、川に落ちた。魔物に、追われて――
「――ッ!?」
がば、と反射的に身体を跳ね上げる。
びくりと、右足にまとわりついていたそれが震える。
赤い、粘体のようなもの。
視線を上げると、そこには赤い水で構成された少女のようなモノがいた。
一瞬で、脳裏が凍りつく。レッド――スライム。
「ぅ、わあっ!?」
右足にぬらりとした人外の感触を感じ、鳥肌がたった。
身体にまとわりつくスライムの一部を振り払いながら、必死に後退る。
無我夢中で手を伸ばしたその先に、棒切れのようなものがあった。
咄嗟に両手で構え、レッドスライムへと突きつける。
「く、来るな…来、るっ…!」
目を瞑ったまま、がむしゃらに棒を振り回す。
棒は空を切るばかりだったが、突然何か硬いものに激突した。
びりり、と手に衝撃が走る。思わず、僕は目を開けてしまった。
その先に、いたのは、
「…むぅー」
不満そうに頬を膨らませる、レッドスライムの姿だった。
呆気に取られて、僕はしばし硬直してしまった。
なんというか…とても、可愛らしい表情だった。
魔物は、人を食べる恐ろしい生き物と聞いていた。
目の前にいる少女は姿こそ異形だったが、一見は自分より少し年上の少女の様に見える。
「えっと、その…」
急激に、頭に登っていた血が冷めていく。
何だか申し訳ない気持ちになってきて、僕は棒を振り上げた姿勢のまま硬直してしまった。
気不味い沈黙。しかしその次の瞬間、がしりと誰かの手が棒を掴みとった。
「え?」
棒をしっかりと握り締めていた僕は、そのまま宙に釣り上げられる。
両足が宙に浮き、ぶらぶらと不安定に揺れる。
普段の視線より高いところまで引っ張り上げられ、忘れていた恐怖が戻ってくる。
「おい、ガキ。いきなり人の脛に一発くれてくれるたぁ、どういう了見だコラ」
ドスの利いた声が、頭上から聞こえてくる。
恐る恐る首を回してそちらを向くと、そこには異様に目付きの悪い痩身の男が立っていた。
その風体は、如何にも野党か盗賊といった様子。ひ、と喉から声が漏れ出てしまった。
どうやら、先程棒で殴ってしまったのは、運悪くもこの人の足だったらしい。
「あ、そ、その、これは…わざとじゃ、なくて…」
恐怖のあまり、呂律が回らない。
棒を掴んでいる両腕が痛くなってきた。しかし、手が硬直して離すことが出来ない。
「ちょっと、ヤン。あまり乱暴するのは止めなって」
目尻に涙が浮かんできたところで、また違う人の声が聞こえた。
縋るような思いで、僕はそちらへと視線を向ける。
そして、思わず眼を丸くしてしまった。
そこにいたのは、この場に全くと言っていいほど似合わない、穏やかな印象の青年だった。
「先に手ぇ出したのはコイツだぞ。思いっきり急所叩きやがった」
「偶然でしょ。ヤンも大人なら、それくらい許してあげなよ」
「ったく、しゃあねぇな…」
目付きの悪い男が、棒を手放す。
わ、と声をあげる暇もなく、僕は地面に落下した。ばさり、と藁が舞い上がる。
呆然と僕が天井を見上げていると、視界の端で先程の青年が顔に苦笑を浮かべていた。
「ごめんね、驚かせて。彼、気が短くて。
あ、それと、彼女達の事は…その、あまり怖がらないで。危害は加えないから」
そう言いながら、青年は椅子の上に座ったまま無害な笑みを浮かべる。
ふと視線を下へと向けると、青年の膝に丸く茶色い何かが乗っている。
それはぴくりと動いたかと思うと、楕円球の形を崩して猫の形をとった。
ぎくり、と僕は思わず身震いしてしまった。
青年の膝の上に載っていた
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