とある従者の不思議な探検。そのさん。

「おい、いつまでショック受けてんだ。そろそろ回復しとけよ」
「だって…ショック受けるでしょ、普通…この年で、子持ちとか言われるなんて…」
「ご、ごめん、なさい。私、変なこと、言った?」

 誰かの声が、聞こえる。
 ぼやけた視界に、木で作られた天井が映る。

「まあ、それは置いといて――どうすんだよ。
 今から村へ行けば、一応日が暮れるまでには間に合うと思うが」
「んー…確かにそうかもしれないけど、本人が目を覚ましてからの方が良いんじゃないかな。
 まだ詳しい事情もわからないし」

 頭がぼーっとしていて、うまくものを考えることが出来ない。
 此処は――どこ、だろうか。少なくとも、屋敷の自室ではない。
  
「アレク。包帯、ある? 右足の怪我、結構深い」
「あ…ホントだ。それじゃメディ、お願いできる?」
「ん、わかった。任せてー」

 ぬるりとした何かが、右足にまとわりつく。
 まるで、水の中に足を沈めたときのような感触。
 水――何か、思い出しそうになる。水。川。川に――落ちた?
 そうだ、思い出した。僕は、川に落ちた。魔物に、追われて――

「――ッ!?」

 がば、と反射的に身体を跳ね上げる。
 びくりと、右足にまとわりついていたそれが震える。
 赤い、粘体のようなもの。
 視線を上げると、そこには赤い水で構成された少女のようなモノがいた。
 一瞬で、脳裏が凍りつく。レッド――スライム。

「ぅ、わあっ!?」
 
 右足にぬらりとした人外の感触を感じ、鳥肌がたった。
 身体にまとわりつくスライムの一部を振り払いながら、必死に後退る。
 無我夢中で手を伸ばしたその先に、棒切れのようなものがあった。
 咄嗟に両手で構え、レッドスライムへと突きつける。

「く、来るな…来、るっ…!」

 目を瞑ったまま、がむしゃらに棒を振り回す。
 棒は空を切るばかりだったが、突然何か硬いものに激突した。
 びりり、と手に衝撃が走る。思わず、僕は目を開けてしまった。
 その先に、いたのは、
 
「…むぅー」

 不満そうに頬を膨らませる、レッドスライムの姿だった。
 呆気に取られて、僕はしばし硬直してしまった。
 なんというか…とても、可愛らしい表情だった。
 魔物は、人を食べる恐ろしい生き物と聞いていた。
 目の前にいる少女は姿こそ異形だったが、一見は自分より少し年上の少女の様に見える。

「えっと、その…」

 急激に、頭に登っていた血が冷めていく。
 何だか申し訳ない気持ちになってきて、僕は棒を振り上げた姿勢のまま硬直してしまった。
 気不味い沈黙。しかしその次の瞬間、がしりと誰かの手が棒を掴みとった。

「え?」

 棒をしっかりと握り締めていた僕は、そのまま宙に釣り上げられる。
 両足が宙に浮き、ぶらぶらと不安定に揺れる。
 普段の視線より高いところまで引っ張り上げられ、忘れていた恐怖が戻ってくる。

「おい、ガキ。いきなり人の脛に一発くれてくれるたぁ、どういう了見だコラ」

 ドスの利いた声が、頭上から聞こえてくる。
 恐る恐る首を回してそちらを向くと、そこには異様に目付きの悪い痩身の男が立っていた。
 その風体は、如何にも野党か盗賊といった様子。ひ、と喉から声が漏れ出てしまった。
 どうやら、先程棒で殴ってしまったのは、運悪くもこの人の足だったらしい。

「あ、そ、その、これは…わざとじゃ、なくて…」

 恐怖のあまり、呂律が回らない。
 棒を掴んでいる両腕が痛くなってきた。しかし、手が硬直して離すことが出来ない。

「ちょっと、ヤン。あまり乱暴するのは止めなって」

 目尻に涙が浮かんできたところで、また違う人の声が聞こえた。
 縋るような思いで、僕はそちらへと視線を向ける。
 そして、思わず眼を丸くしてしまった。
 そこにいたのは、この場に全くと言っていいほど似合わない、穏やかな印象の青年だった。

「先に手ぇ出したのはコイツだぞ。思いっきり急所叩きやがった」
「偶然でしょ。ヤンも大人なら、それくらい許してあげなよ」
「ったく、しゃあねぇな…」

 目付きの悪い男が、棒を手放す。
 わ、と声をあげる暇もなく、僕は地面に落下した。ばさり、と藁が舞い上がる。
 呆然と僕が天井を見上げていると、視界の端で先程の青年が顔に苦笑を浮かべていた。

「ごめんね、驚かせて。彼、気が短くて。
 あ、それと、彼女達の事は…その、あまり怖がらないで。危害は加えないから」

 そう言いながら、青年は椅子の上に座ったまま無害な笑みを浮かべる。
 ふと視線を下へと向けると、青年の膝に丸く茶色い何かが乗っている。
 それはぴくりと動いたかと思うと、楕円球の形を崩して猫の形をとった。
 ぎくり、と僕は思わず身震いしてしまった。
 青年の膝の上に載っていた
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