「んん…」
体中を包む、倦怠感と熱っぽさ。
頭はふらつき、記憶が辻褄をなくしている。
眠りについた記憶はないのに、いつの間にか体はベッドの上に移動していた。
「――ぅ」
体を起こそうとして、失敗する。
尋常ではない目眩がアレクを襲い、起き上がることすら出来なかった。
朦朧としている視界は一向に直らず、目に映る風景はぼやけたまま。
「あ――アレク、駄目。起き上がっちゃ、駄目」
がちゃん、と大きな音が鳴り響く。
アレクは再度体を起こそうとしたが、その前に何かがアレクの体を優しくベッドに押し戻した。
柔らかい感触の何かが、顔に浮かんだ汗を拭う。
その冷たい感触に、少しだけ頭がすっきりした。視界が徐々に鮮明になっていく。
「…メ、ディ?」
「すごい、熱だから。絶対、安静」
ぼやけた眼に、不安げな表情でこちらを見下ろすメディの姿が映る。
柔らかい感触の正体は、メディの右手。火照った顔に、冷たい軟体の感触はとても気持ちが良い。
そこでやっと、アレクは現状を把握する。
「…そっか。さっき…ヤンが帰った後、契約書の続きを考えようとして…」
「アレク、最近、働きすぎ。ゆっくり休まないと、駄目」
今にも泣きそうな顔で、メディが言う。
そんな顔をさせてしまうほど、心配させてしまったらしい。
アレクはふと、メディが左手に持っていたものに目がいった。
「メディ、それは…?」
「え。あ、こ、これは…その」
ささ、とメディは左手のそれを背中に隠そうとする。
しかし、メディの体は半分透けている。
紅く半透明の体の向こうに、それはぼんやりと見えていた。
歪な形をした――林檎? よく見ると、ところどころ何かで削られたように傷ついている。
そんな傷だらけの林檎の一角には、ナイフが縦向きに深々と刺さっていた。
「ご、ごめん、なさい。果物、切ってあげとうと、思ったんだけど…」
今に限った話ではないが、メディはナイフのような道具を使うのが苦手だった。
柔らかい身体が邪魔するのか、ナイフをしっかりと掴むことができない。
傷だらけの林檎は、そんなメディが四苦八苦した結果らしい。
視線を巡らせると、アレクの身体の上にはありったけの衣類が乗せられていた。
これはおそらく、毛布の代わり。…少し、重い。
「何か、してほしいこと…ない?」
「う、ん…そうだね…少し寒いから、火を――」
そこまで言って、しまった、と思う。メディは、火を炊くことができない。
以前乞われてメディに火の起こし方を教えようとしたが、半液体状の身体が邪魔して火種を作り出すことができなかった。
役に立てない歯痒さからか、みるみるうちにメディの表情が暗く沈んでいく。
二人の間に、気不味い雰囲気が生まれる。
「…私、役立たず、だね」
「い、いや…そういうわけじゃ…」
何か助けになりたいというメディの気持ちは、痛いほどわかる。
しかし熱に浮かされた頭が、アレクの思考を邪魔をする。
全身を包む気怠さと闘いながら、アレクはどうにかして代案を思い浮かぼうとして、
「…あ」
一つの願望が、脳裏に浮かぶ。
思いついたというよりも、思い浮かんだという方が正しい。
「! 他に…何か、ある?」
メディが、嬉々として訪ねてくる。
アレクは、一瞬迷ってしまった。
行為としては、とても簡単なこと。しかも、メディにしか頼めないこと。
しかし、この『してほしいこと』は…その。非常に、恥ずかしいものだった。
「ぁー…その、ぅー…」
「?」
首を傾げるメディ。さらりと揺れた髪に、どきりとしてしまう。
やはり、口に出すのは少々憚られる。だが他に妙案も浮かばない。
「――ないで…欲しい…――けど…」
「んー?」
ぼそり、とアレクは呟く。我ながら、ひどくか細い声で。
声が小さすぎて聞き取れなかったらしく、メディはアレクの口に耳を寄せた。
「手、繋いで、欲しい、んだけど…」
羞恥心を押し殺しながら、アレクはもう一度呟いた。
メディはぱちぱちと眼を瞬かせ、再度さらりと髪を揺らしながら首を傾げる。
「…それだけ?」
「う、うん…駄目、かな」
「駄目じゃ、ないけど」
メディは持っていた林檎を机の上に置き、空いた左手をアレクの上にのしかかる衣類の中に滑り込ませた。
柔らかい、そして少しだけ湿った感触が、アレクの左手のひらを包み込む。
照れ臭さを感じながらも、アレクはそれを軽く握り込む。少しだけ、倦怠感から解放された気がした。
「これだけで、良いの?」
「うん…その、ありがと。ちょっとの間、このままでも良い?」
「んー、わかった」
いまいちよく分からないという顔をしながら、メディは頷いた。
メディの右
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