気儘な騎士と我儘な姫君。(後篇)

 気まずい雰囲気が、辺りに漂っていた。
 ちらり、と脇を見やる。そこには、明らかに不満げなメディの姿。
 ちらり、と前方を見る。そこには、顔を真っ赤にしながら視線を下に向けているルイの姿。

「えーっと…」

 言葉が見つからなかったが、とりあえずわだかまりを払拭するためにアレクは発言する。
 二人の視線が、ほぼ同時にこちらに向く。

「…なんか、妙な感じになっちゃったね」

 そうとしか、言い表せなかった。
 おそらく彼女は偶然この場に遭遇してしまって、その場から離れるタイミングが掴めなかったというところだろう。
 先程の情事を覗き見られていたというのは、正直恥ずかしい。
 しかし、男女の情事を見せつけられる羽目になったルイにとっても、居心地が良かったはずはない。
 だからこそメディは不満げで、ルイは物言いたげな表情なのである。

「…悪いのは、そっち。邪魔した、ねこが悪い」
「…にゃおぉ?」

 ぼそり、とメディが呟く。
 ぎろり、とルイがメディを睨みつける。
 
「ま、まあまあ、落ち着いて。たぶん、どっちが悪いってわけじゃないんだから」

 前から分かっていたことだが、この二人はあまり仲が良くない。
 理由がない限り衝突することはないが、双方とも歩み寄るつもりは全くない様子。

「…ともかく」

 メディはおもむろにアレクの右腕を両手で絡めとり、抱き寄せてくる。
 ぴくり、とルイの目尻が小さく動く。

「アレクは、私の。ねこはもう、どっかいって」

 にべもない、メディの拒絶。
 さすがにかちんときたのか、明らかにルイの表情が険しくなる。
 放っておくと噛み付きかねない様子だったので、アレクは慌てて再度二人の間に割って入る。
 アレクの肩越しに、メディとルイは暫し視線をぶつけ合う。そして、同時にふいと目をそらした。
 どうしよう。何だか、どんどん険悪な雰囲気になっていく。

「…ね、アレク」

 くい、と片腕を引かれる感触。
 振り返ると、目と鼻の先に真剣な表情のメディの顔があった。
 思わずアレクが身を引くと、メディはアレクが下がった分だけさらに詰め寄ってきた。 

「この際だから、はっきりさせて」

 今までに見たことがないほどの、真摯な眼差し。紅い瞳が、至近距離でアレクの眼を射貫く。
 その剣幕に、アレクはごくりと息を飲む。
 妙に喉が乾き、どきどきと胸が鳴る。緊張と興奮が混じった、奇妙な心地。
 思いつめたような、そして言いたくないことを口にしようとするような表情で――メディは、それを口にした。

「アレク、は…その。私と、ねこ…どっちが好き、なの?」

 真剣で毅然とした表情とは裏腹に、メディの言葉はひどく小さく、途切れ途切れだった。
 まるで、自らの言葉に全く自信が持てないように。
 事実、彼女は言い終わるやいなや、顔を真っ赤にそめて俯いてしまった。
 そして、静寂が訪れる。

「………」

 いや、なんというか、その。
 色々、限界だった。

「…ぷっ」
「…えっ」

 アレクは、思わず吹き出してしまった。唖然とした表情で、メディは声を漏らす。
 不謹慎なことは分かっている。しかし、こらえることはできなかった。
 先程まではあれほど強気で不機嫌だったメディが、かの質問をする時は此程まで萎縮してしまっていたこと。
 そして、ルイが視界の端で「今更何を言っているんだこいつは」とでも言いたげな眼でこちらを見ていたこと。
 それら諸々と自らの気持ちが合わさって――アレクは、笑ってしまった。

「も、もう、アレク! わ、わたしは、本気で――」
「ご、ごめ…でも、なんか、おかしくって…!」
「もぉ! 馬鹿! アレクの、馬鹿!」

 顔を怒りに染めて、メディはポカポカとアレクの胸に拳をぶつける。
 次々に叩きつけられる柔らかいメディの手の感触を感じながら、アレクは目尻に浮かんだ涙を拭う。
 そして、アレクは唐突に、メディを抱きしめた。

「――っ!」 
「うん、ごめんね。はっきりさせなかった、僕の方も悪いよね」

 突然の事に怯み、身体をこわばらせるメディの耳に、アレクは口を近づける。

「――もちろん、メディだよ」
「…え」
「誰よりも、愛してる。…ちょっと恥ずかしいけど、この言葉が一番合ってると思う」

 吟遊詩人の如き、歯の浮いた台詞。誰がどう聞いても、これは愛の告白に他ならない。
 ――嗚呼。何を言ってるんだ、僕は。
 今更ながら、頭に血が上ってきた。アレクは気恥ずかしさをごまかすように、より強くメディの体を抱きしめた。

「え。…え、え、え」

 壊れたオルゴールのように、メディがおかしな声をあげる。
 アレクはメディの方に顎を乗せる様に彼女を抱きしめている。そのため、彼女の表情を見ることはできなかった。 
 
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