「よっ、はっ、とっ、てぁっ!」
寒空の下で、一人の男が木偶に向かって刀を振っていた。切り口は見事に綺麗で、それは男の腕と刀の切れ味が一級品であることを示していた。男はこの寒さのなかでも春先に着るような厚さの着物を着ていた。
「龍瞳様、そろそろお昼が出来ますけど?」
「ん、ああ。今行くよ」
そこは魅月尾の家の庭だった。囲いの中といえどもそこの広さは剣を十二分に振れる程で、練習場所としてはもってこいだった。
龍瞳は刀を納め縁側に歩み寄り、石段の上で下駄を脱いだ。そして、縁側へ上がり部屋の中へ入った。
部屋の中は七輪によって暖められていて快適だった。その部屋の真ん中に置かれた円卓の上においしそうな昼食が置かれていて、白ご飯とみそ汁、鮭の切り身がおいしそうに湯気を立てていた。
龍瞳はその前に座ると箸を手に持った。
「どう?」
「おいしいよ、相変わらずね。
…あれ?味噌変えた?」
「わかった?結構おいしいでしょ?」
「ああ」
魅月尾は三本目の尾が生えた頃から、少し言葉使いが変わりだした。それに伴うように積極的になってもきたのだ。しかし基本的な性格、つまりは献身的な所や丁寧さは変わっていない。なので龍瞳からすれば距離がもっと近くなったという感覚だった。
龍瞳は早々と食べ終わり、再び外の寒空の元へと出ていった。下駄を履いて再び庭に降りた龍瞳は、庭の地面の上に一枚の札を叩き付けるように置いた。
すると斬られて真っ二つとなった木偶の地面に落ちた片割れが天から糸に吊されているかのようにピクピクと動き、もう一方に上に乗ると切れ目がじわじわと無くなり元通りになった。
「よし、と」
龍瞳は愛刀の柄に手を掛け、庭に五本立っている木偶の中央に立って息をふぅーっ、と長く吐いた。
「ッ!」
抜刀すると同時に目前の木偶を輝く刃が右上がりの一文字に斬り裂き、左斜め前に身体を向けながら両手に柄を持って左上から刀を振り下ろした。
そこから刃を返し左隣の木偶を右下から袈裟斬りにし、左隣へ一つ飛ばした木偶を左手を離しながら斬り、残った木偶を両手持ちで左下から斬り上げた。
「―!」
食器を片づけていた魅月尾が、張り巡らせていた探知魔法の領域内に何かが入ってきたことに気付いた。
「っ―!?」
そして龍瞳も木偶を全て切り倒し気を抜き掛けた時、魅月尾の魔力によって強化された聴覚が風を切る何かの音を捕らえた。
龍瞳は後ろを振り返るとともに飛んできたそれを刀で切り落とした。そして次の瞬間には茂みの中から何者かが飛び出し、攻撃を仕掛けてきた。
「はあぁっ!」
高い声、少女のものだ。そしてその少女まだ宙にいる間に黒い小刀のような物で龍瞳に二度も攻撃を仕掛けたのである。
その二撃を龍瞳は刀で受け流し、後ろに下がった。少女が着地して止まっていたのはほんの僅かな、まさに瞬間だった。小刀を逆手から順手に持ち替えた彼女は下がる龍瞳に追撃を加えたが、彼はその追撃を左へ払った。
少女はその小回りの利く武器で素早く反撃したが、龍瞳は彼女の思いがけないような速さで脇差しを抜き彼女の首元で止めた。しかし、彼女も左手でもう一本同じ武器を逆手で持ち彼の半身の胸に当てようとしていた。
「そこまでっ!」
茂みの中から男の声が届き、それと同じく魅月尾が縁側に姿を現した。少女は跳び退いて武器を納めた。
「今の勝負、続けていたならカヤ、君の負けだ」
鉄柵の向こうで眼鏡を掛けた男が、眼鏡のブリッジを中指で上げて位置を直しながら言った。先程の制止の声も彼だ。
「なんでさっ?
私だってクナイをあいつの胸に―」
「悪いけど、彼の言うとおりだよ」
龍瞳は刀を収めながら言って、着物の襟を掴んで広げて見せた。そこには黒光りする鎧が仕込まれていた。
「なっ…だけどあんな物が」
「カヤよぉ、あれは俺のエモノと同じ素材だぜ?お前のクナイじゃ無理だ」
「何だって?!
じゃああいつはそれを着けたままあんなに動いてたって言うの?」
(でもあれがなければあの男は相打ちには持ち込めていた…
…いや、違う…あれがなければもっと違う対処をしていた…?)
赤い髪の少女は信じられないと言うように手振りした。
「そうさ、何せ彼の側には彼女が居るんだからねぇ」
その魅月尾は三人を見て、考える素振りを見せることなく結界を解いた。
「不思議ね?結界を張っていたはずだけど…」
「私の身体、服、武器にはある程度の結界なら通り抜けられる『印』が施されてる。もう少し結界が強力だったら通り抜けられなかった」
少女が魅月尾に説明している間に二人の男は鉄柵を跳び越えて庭に入っていた。
「ここのことは少しの魔物しか知らないはずだけれど?
見たところあなたも人のようだし」
「はい。ここのこと
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