季節は冬、になろうとする11月下旬。青々と茂っていた木の葉たちはすでに赤く色づき、はらはらと幹の足下へと身を重ねていた。
この季節、鬼灯色の屋根はよく映えた。青い空と紅葉、そしてその屋根の色がより秋らしさを感じさせた。そして日の沈み掛ける頃には一体が他にも増して赤く染まるのだ。
その家の東側の壁の一番北の窓を覗けば、そこには派手でもないが決して地味では無い白を基調とした着物を着た黒髪の女性が木の椅子に座って本を読んでいた。
吹き込んだ緩い風が、彼女の長い髪をそよそよと靡かせた。穏やかな表情で黙読しているのは
『魔力学書 〜高等結界、高等探知編〜 魔物向け
ハルサード=テラー著』
と書かれた一般的な大きさの本だ。これを読んでいると言うことは、上級の結界か、魔力探査術を身につけたいに違いない。
「…地に這わせるように…ねぇ」
彼女はそう呟くと静かに目を閉じて深呼吸し、一瞬周りから音が消えたような感覚が彼女を包んだ。ほんの僅かに床につもった小さな埃や、いつの間にか部屋の中に入り込んでいた落ち葉が風が吹いたようにふわりと浮いた。
そのすぐ後に目を開けた彼女は立ち上がって、本を窓際に置くと部屋の出口へ向かって歩き出した。そして部屋の襖に手を掛けた瞬間から彼女の姿は変化し始めた。
廊下を歩く間に髪の毛は光を反射する金色に輝きを纏い、頭頂部には獣耳、そして腰からは金色の毛の尾が『三本』生えてきた。そして隣の和室の障子を開けた時に変化は終了した。
彼女は部屋の東の障子を開けた。そして鉄柵の向こうの茂みをじっと見た。
すると正面の茂みの中から一人の女性が現れた。といっても普通に現れたのではなく、木の枝を飛び移ってきたかのように地面に着地したのだ。
まぁ実際の所彼女は木の枝を飛び移ってきたわけだが。
「何かご用があるようですね?」
「ええ」
鉄柵の向こうの女性にそう問いかけ、魅月尾はその返答を確認した。魅月尾が左手を前にかざし左にスライドさせるように動かした。
「どうぞ」
すると今までその場で止まっていたその女性は鉄柵を跳び越えて庭に入った。彼女の身体能力は人間のそれを上回り、その茂みからなら一飛びで越えて入ってきそうなものだが、それをしなかったのは決して礼儀だけではなかった。
二人は立ったまま互いを見合っていた。
「私はロアン。噂を聞いてここに」
「でしょうね。私は魅月尾よ」
噂は魔物達の間で広まっていたが、彼女が『仕事』始めたのはここ二ヶ月ほどだった。
「あの結界…誰かに狙われているの?」
「いいえ、念のための用心です」
魅月尾は龍瞳に言われたのもあって、この館の周りに結界を張っていた。それが彼女、ロアンの入ってこなかった、いや、入ってこれなかった理由だった。
たとえまだ尾が三本しかないとは言っても妖狐の魔力は強力であり、進入を拒むには十分だった。
「そう。
…人の匂いがするわ。その尾の内の二本を生やした男性(ひと)の香りかしら?」
「うっふふ…そうですけれど、そんなことを言いに来た訳じゃないでしょう?
それからここでなら『戻って』も大丈夫よ。それともそっちの方が楽かしら?」
魅月尾は顔を一瞬赤らめて笑い、すぐ元に落ち着いてそう言った。三本目の尾が生えたのはここ最近で、二本目が生えるよりも行為の割に周期的には遅かった。
「そうね、ごめんなさい。私はこのままでいいわ。
本題ね。実は私は今町に住んでいるんだけど、知り合い…幼なじみから知らせがあったの」
「その『知らせ』が今回の依頼の事ね?」
「ええ。実は彼女の妹が病気にかかってしまって、少し危ないらしいの。私たちには薬草や治療の知識はそこまで深くはないし、近くにはマンドラゴラ達の様なそう言うことに詳しい魔物も居ないの。
町の医者に見せたいけれど、何せ彼女たちは『野生』だからすんなりそうとも出来なくてね。けどその子もまだ小さいから長引かせられないし」
「だから何とかして欲しいのね?」
「ええ。ここなら何とかしてくれると、そう聞いてきた」
「わかりました、なんとかしてみます」
「ありがとう。見返りは一ヶ月分の食料でどうかしら?」
「十分よ」
「じゃあ、お願い…」
ロアンはそう言うと柵を跳び越え紅葉のなかへ消えた。魅月尾は障子を閉めてその部屋から出ると廊下を西へ進み、着物を仕舞ってある部屋に入った。
そこから再び姿を現した魅月尾は変化して、人の身となっていた。そして先程のような着物ではなく、細身のハーフパンツに緑地の丈の短い着物を着て、太めの黄色い帯を後ろで蝶結びに結んでいた。髪の毛はツインテールに結ってある。
彼女は玄関に向かい、薄緑のミュールを履いて
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