5-2 運命のいたずら

 トーマへと向けられた青い瞳。その目はまだ朧気で寝ぼけているようにも見える。実際、彼女は今日この時まで1カ月半近く眠っていた。
「あなたは…?」
 まだ頭の回線が繋がりきっていないようで、彼女は小さな声でそう呟いた。だがやがて意識がしっかりしてくると、彼女は明らかに狼狽と驚きを示した。
「ッ―!?」
 彼女はベッドから勢いよく起き上がり、トーマに飛び付いて襟元を握りしめた。彼女の顔は先ほどまでと違い、激しい怒りを浮かべている。
 トーマは鎮痛剤の影響で体に思うように力を入れられない上、不意打ち気味の彼女の行動にそのまま床に倒れ込んだ。

 彼女は馬乗りになり、胸倉を掴んだまま彼の顔を見下ろして言った。
「あんたがッ…あんたがなんでここに居るのよッ!?」
 キッと睨み付けながらそう怒鳴った彼女は、先ほどトーマに飛び付いた時にデスクの上から落ちていたベルトに目を向けた。そしてホルスターからナイフを抜き、片手でトーマを抑えたまま高く振り上げた。
 こうなってしまえばただ事ではない。呆気に取られていたトレアがいち早く彼女を静止しに入る。
「おい、お前ッ!」
 トレアはナイフを持った手の首を掴んだ。
 すると彼女は驚いたように振り向いた。今まで彼女にはトレアたちのことなど目に入っていなかったのだろう、あからさまに困惑した顔を浮かべる。
「な、なによあんたたちッ!?」
 少し怯えも混じらせながら彼女はトーマの上から飛び退き、トレアの手を振り解いて窓際に下がった。
 トレアはトーマを支え起こし、彼女を凝視した。
 彼女はミラやノルヴィも見て数的不利だと思ったのか、窓枠に手と足を掛け、裸足のまま外へと飛び出した。
「おいッ―!?」
 ノルヴィは追おうとしたが、彼女はすぐ外の茂みへと姿を消していた。

 トーマをベッドに座らせ、トレアは「大丈夫か?」と声をかけた。
「ああ、平気だ…」
「そうか。…にしても、彼女は一体…」
 トレアはあの少女の寝ていたベッドを見つめた。
「彼女、あなたを知ってる風だったわ。知ってる子?」
「…どこかで見た気はする…だけど、どこの誰だったかは思い出せない…」
「そう…」
 ミラは物を考えるように人差し指を輪郭に当てた。
「…お前さんらよぉ…」
 見計らって医者が口を開いた。
「あ…すまん、迷惑をかけたな…」
 トーマが言うと、医者は「いや…」と首を振った。
「…気にするな。お前らにもお前らなりの事情があんだろ?…まぁ、こいつは若干混乱気味だが…」
 彼の隣で、マンドラゴラの看護師マルは手をワナワナと落ち着きなく動かし、医者とトーマ達と彼女の出て行った窓をランダムに交互に見回していた。
「…まぁ一まずはあんたの鎮痛剤の効果が切れりゃ出てってくれて構わねぇ。また明日こいつを宿まで使いに出す」
「ああ」

 体がまともに動くようになり、4人は診療所を後にして、宿に戻った。
「それじゃ、私とノルヴィはギルドへ行ってくるわ。トレアが残るから、何かあったら言うのよ?」
「ああ、わかってる」
「くれぐれも無理はしちゃだめよ?」
「任せろ、私がさせん」
 トレアは腕を組んで、横目でトーマを見た。彼は困ったように苦笑いを浮かべた。
「んじゃ、いってくんな」
 そっと閉められたドアを見て、トレアはトーマを睨んだ。
「っ…どうした?」
「…まったく…まったくまったくまったくまったくッ…!」
 トレアはトーマを睨んでそう詰め寄ったかと思えば、いきなり後ろを向いて溜め息を吐いた。
「…なんだよ?」
「………い…した……」
「なんだって?」
「……心配したって言ったんだっ…ホントに、心配した…」
 彼女は振り返り、未だ睨みながら言ったかと思えば、次の瞬間には哀しそうに俯いて呟いた。
「…悪い…」
「…ホントに…無事でよかった…」
 トーマはその一言に、少し嬉しそうに笑っていた。


 ところ変わって、こちらは森の中。木の幹に寄りかかって、息を切らせた少女が座っていた。
 手には逆手にナイフを握り、薄手の白いパジャマのような恰好で、木々の葉の間から覗く空を疲れた目が見上げている。
(なんなのよ…ここ…
 なんで…私こんなところにいるの…? …宇宙艇に乗ってたはずなのに…)
 記憶を振り返る。
 自分は宇宙艇に乗って、とある機体の500メートル後ろを飛んでいた。そう、たしかに宇宙空間にいたはず。
(やっぱり…アレのせい…? 夢じゃなかったの…?)
 隕石群を抜けた辺りで遭遇した、謎の巨大なマーク。それに吸い寄せられ、気が付けば地表に激突していた。
 そこからは曖昧な記憶しかない。宇宙艇から脱出し、おぼつかない足で歩き出す。次に覚えているのは足を踏み外し、どこかへ落ちていったこと。
 そして先ほど、どこかのベッドの上で目を覚ましてこの様だ。
(…そ
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