4-4 剣を置いた理由

 2人は数十キロ先の町を目指して歩いていた。飛ばされたところから彼方に小さく見えた塔が、その足元にある町を高い気温と砂塵から防ぐための魔導機構だということはミラが知っていたからだ。
 スプル山脈から北の一帯は、南北を山に囲まれた大きな盆地のような地形のため、乾燥し気温が上がりやすい。そんな中で生活するには町を魔導機構によって一種の結界を張り、快適に保つ必要があるのだ。
 ただ、今ノルヴィとミラは砂塵と熱に晒されて歩を進めていた。
「ノルヴィ、大丈夫?」
「俺なら平気よ。ミラっちこそ大丈夫?」
「ええ」
 2人は道のりの途中の森で一夜を明かし、今日また炎天の下を歩いている。気温は高く、遠くに見える町は陽炎に揺れていた。
 魔物のミラはともかく、人間であるノルヴィには堪えるものだと思っていたが、まだ疲弊の色は見えない。
「みんな無事かしら…」
 ミラは他の3人の身を案じていた。トーマは傷を負っているし、トレアも精神的にダメージを受けている。そしてキャスの身も危険かもしれないというのは、いつの間にかミラの荷物に紛れ込まされていた1枚のメモが示していた。
「どうだろうねぇ…まぁ確かに心配だけどさ、俺たちはあいつらが何とか切り抜けたと信じてメモの指示通り動かなきゃしょうがないんじゃない?」
「…そうね」
 紛れ込んでいたメモは、キャスが書いたものだった。そこには、時限式の空間転移の魔法陣をトーマ、トレア、ノルヴィ、ミラに2人ずつが同じ場所に飛ぶように仕込んだこと、そして魔力量の関係でキャス自身は空間転移ができない旨、最後に落ち合う場所の指示が記されていた。
「にしても、なかなかやるじゃないのよ、あのちびっ子。あの短時間で4人に魔法陣仕込んで、こんな指示を残すなんてさ」
「ええ、おかげで助かったわ。…でも、もし騎士たちに見つかってたりしたら…」
「ヤな事言わないでよ、ミラっち…」
「…そうね、ごめんなさい」
 ミラはそう言って、落とした目線を再び遠方に揺らぐ町に戻した。だが、すぐに目線はノルヴィへと向かいそうになる。
 その理由は、並んで歩いている彼がその左手に携えている剣と、前日の彼の戦闘中の態度だった。
 なぜ行商人であるはずのノルヴィが剣を隠し持ち、その剣を見事に使いこなし精鋭の騎士たちと戦えるだけの腕を持っていたのか。そしてそれをなぜ隠し、ミラとトレアを護衛として雇っていたのだろうか。
 ミラが気にかかってしまうのは当然のことだった。だが、昨日はそんなことを聞く暇などなく、心の中で引っかかってしまっていた。
「ねぇ、ノルヴィ…」
 ミラは横目でノルヴィを見つめていたが、今であればその理由を聞く時間は十分にあると思い、訊ねてみることにした。
「ん?なに、ミラっち」
「聞きたいことがあるんだけど、その剣は…」
 と、彼女がここまで口に出したところでノルヴィは立ち止まった。
「どうしたの?」
 ノルヴィは2人の左側を目を細めて凝視した。
「あれってば…」
 彼はそう呟くと、眺めていた方向に向かって走り出した。
「ちょっと、ノルヴィ!?」
 ミラも慌てて後を追った。するとそこには小さな池があり、水面が眩しく太陽の光を反射していた。
 ノルヴィは屈んで水を手ですくい上げ、口に運んだ。
「ふむふむ、綺麗な水だし飲めそうねぇ。ミラっち、容器かなんか持ってない?」
「え?あぁ…えっと、ちょっと待って、確か…」
 ミラは馬の胴体の方に携えた荷物の中を漁り、水筒を取り出した。薄い鉄板でできた簡素なものだが、何の問題もない。
「さっすが〜。いや〜、実は喉カラカラだったのよぉ。助かった〜」
 ノルヴィは水筒に水を入れるとキャップを閉め、次に直接手ですくって飲み始めた。
「ぷっはぁ〜〜、生き返った〜〜。ミラも飲んどいたほうがいいんじゃない?」
「…そうね」
 ミラは足を折りたたんで体勢を低くして水をすくった。
「おいしい」
 彼女が水を飲む横で、ノルヴィは靴を脱ぎ始めた。
「なにしてるの?」
「いやぁ、ついでだし、ちょっと体冷やそうと思って」
 ノルヴィはそう言うと、ズボンの裾を膝下まで捲り上げると、冷えた水の中に入って行った。それほど深くなく、脛の半分くらいまでの深さだ。なので、ここは『池』と言うより、窪みに雨水のたまった水溜りという方が合っているかもしれない。
 気温に反して水は冷たく、気持ちよく感じられた。
「おう、冷てぇ〜。もうちょい先まで行ってみっか〜」
 ノルヴィはチャプチャプと音を立てながら中ほどまで進んでいく。
「もう、調子に乗って溺れたりとかしないでよ!?」
「平気だって、どうせそんなに深くッ―!」
「あ…」
 その後水場を過ぎて歩く2人だったが、ノルヴィの様子は一変していた。
 頭の先から足の先までずぶ濡れで、怒られた後の子供のような顔
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