目の前の光景が一瞬にして変わる。そんなことは読者の皆さんには中々想像しがたい事象ではないだろうか?
剣を振り上げていた騎士や、草原、森に光のフィルタがかかったかと思うと、次の瞬間には一変した光景と地形、地質の変化にトーマとトレアも一瞬対応できずに呆けていた。
トレアは手で地面が草原などでなく土と砂に変わっているのを確かめ、辺りを見回した。何度も言うが、その光景は一変していた。
「どう…なっている…?」
広大な森も壮大な草原も姿はなく、眼下に赤みを帯びた土と砂の大地が広がっている。緑もなくはないが、なんというのか、以前から見ていた森とは感じが違って見える。
所々町のようなものも伺うことができ、それぞれの町には1棟の塔が立っていた。
そしてそんな幾つもの町の向こうには、薄い青紫がかり壮大なスケールを誇るスプル山脈が雲を突き抜けてたたずんでいた。
見える景色からしてこの場所がどこか高いところ、山か何かの上だと気付いたのはしばらく経ってからのことだった。
トレアはトーマが負傷していることを思い出し、はっと彼を振り返った。
「トーマッ…!」
彼女は握ったままだった剣を納め、四つん這いで這うようにトーマに近寄った。
「…トレア…状況が飲み込めないんだが…死んじゃったか…?」
「大丈夫、まだ生きてる…!」
「はっ…だよな…天国にしちゃ殺風景だ…」
こんな冗談を言う余裕は、本当はない。それはトレアにもわかることだった。出血がひどく、トーマの目も虚ろだ。
「頑張って、すぐに治療を…」
と言いかけてトレアは周りを見る。
〔そうだ…治療道具はない…どうしよ…〕
この場にあるのは土と枯れたような麻色の草と、傷ついたトーマと己の体のみ。ここにどれほど腕のいい医者がいたとしても、治療などできたものではなかった。
「…トレア…」
苦しそうな声でトーマは呼んだ。そして震える指で傾斜の下の、岩の影を指さした。
「あれは…!」
その先にあったのは、黒いケース、トーマのウェポンケースだった。
「待っていろ、すぐに取ってくる!」
トレアは立ち上がると滑るように傾斜を駆け下り、岩の陰に落ちていたケースを拾い上げ、破損のないことを確認し「よし…」と言うとすぐにトーマの元まで登った。
「トーマ、横になった方がいい…」
苦しそうなトーマを見て、トレアは言った。体を支えて彼が横になるのを手伝う。すると微かにだが、トーマの表情は穏やかになった。
ケースの留め具を外して開けると、まず片方のスペースに入ったサブマシンガンとスコープが目を引いた。もう一方のスペースは不等分に4つに小分けされ、それぞれに蓋が付いていた。不透明な蓋で、中に何が入っているのかはわからない。
「えっと…」
焦った様子でそう言うトレアを見て、トーマは今必要なものの場所を教えた。
「…小分けされた方の…一番大きなポケット…」
トレアはすぐさま一番大きなポケットの蓋を開けた。中にあったのは細長いスプレー缶が3本、包帯、絆創膏、それぞれ色の違うカプセルの入ったケース4つ。
「…黄色いラベルのスプレー缶…円筒状の奴だ…」
スプレー缶と言ってもわからないと思い、トーマは円筒状の物と言いなおした。トレアは取り出したスプレーを「これか?」とトーマに見せた。
「ああ…それだ…」
「これをどうすればいい?」
「…まず俺の服を脱がせろ…ジャケットのホックを外して…傷口を露出させろ…」
「あ、ああ…」
トーマの言うとおりに、血の滲みた紺のジャケットのホックを外し、同じく一部が赤く染まった黒いワイシャツのボタンも外した。斬られた傷が露出して、トレアは顔を思わずしかめた。
「それのキャップを外して…小さい穴が傷に向くようにして…上の部分を押すんだ…よく振ってからな」
キャップを外すと、中は少し細くなり、側面を剥いた小さい穴があった。トレアは言われたようにそのスプレーを上下に激しく振った。少々目抜けに見えなくもないが、スプレーを初めて見て初めて使うのだから仕方ない。
「それで…押すってどこをだ?」
「そのスプレーを持って…細いところを人差し指でこう…だ…」
トーマはジェスチャーで使い方を教えた。それを見て、トレアは傷口に噴出口を向けて押した。
「うわッ!?」
『プシュッ!』とスプレーの中身が噴き出されて、彼女はビックリして声を挙げた。
「あっはははは…ぁいっててて…」
トレアの可愛らしいリアクションに、トーマは思わず笑いだし、傷が痛んで顔をしかめた。
「わ、笑うなっ…!それより今みたいなのでいいのか?」
「あ、ああ…傷口全体にな。押しっぱなしで出続ける…端から端まで一度行けばいい…」
スプレーを傷口に吹き始めると、トーマは顔をしかめた。
「へ、平気か!?」
「ああ、沁みるだけだ…」
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