ジパングのとある町を夜の闇が覆った頃に、そのクノイチはまるで蝶のように黒い空を舞っていた。
そして彼女は目下の道を行く1人の男を目にしてしまったのだった。
彼女はその日、四方を深い森と高い山に囲まれた小さな村にいた。紫の着物に紅色の襟や袖の淵、丈の短いその着物を留める帯は後ろ側で大きな蝶結びを作っていた。長い髪を束ねる髪飾りは蝶を象り、手足には手甲と具足をつけている。
首に巻かれた長い布は、仕事の時は顔を隠すためにある。だが、今はその役目を果たす必要はなく、猫のように大きな吊り気味な目と少しふっくらした唇を持つきれいとも、可愛いともいえる顔は白昼の下にさらされていた。
そんな彼女に声をかける者がいた。
「七蝶」
七蝶(ななちよ)というのが掛けられた方の名前だ。七蝶は振り向いて相手の名を呼んだ。
「あ、蜂月(ほうづき)。どうかしたの?」
彼女は蜂月。七蝶の幼馴染である。黄色と黒の着物に六角形の形の髪飾り、着物と同じく黄と黒の横縞のニーソックスと前腕まである手袋をしている。
生意気っぽさのあるその顔は、今は拗ねた表情を浮かべている。
「どうかしたの?じゃない。水臭いじゃないか、暗殺任務が決まったってのに私に何も言わないなんて」
「ああ…ごめん。別に報告する必要もないと思って…」
「はぁ?酷い…親友だと思ってたのに…私より先に暗殺任務は受けるし、報告はくれないし、私泣くぅ…」
蜂月はとうとういじけて人差し指をツンツンし始めた。
「ごめんごめん…任務の帰りに前言ってた団子屋でみたらし買ってくるから…」
「え?ホント?!わーい、ごっそさんでーす!」
七蝶は心の底から彼女は単純なんだと思った。
「ねぇねぇ、そんでさ、標的はどんな奴なの?」
「表向きにはいい人で通ってる。昨日たまたま見て…惚れた////」
彼女は思い出したのか、少し赤くなって微笑みながら言った。
「あー、いいなーいいなー!私だっていい男捕まえてやるんだから…!」
「うん、じゃあまたね」
「おう、またな」
そうしてまた何気なく過ごせば、陽は勝手に落ちていくのである。
さてそうして陽も沈んだ宵の刻が彼女たちのステージの幕開けである。
七蝶は以前にも諜報の任務で来ていたその町の中を駆け抜けていた。速きこと風の如し、物音一つ立てず颯爽と飛ぶように走る姿はとても美しい。
彼女はある家の屋根に音もなく降り立った。屋敷、というほども大きくはないがそこそこの家だ。
「ここが…彼の家…」
彼女の声からは期待と興奮が感じられた。右手を胸の前で甲を表に向けて握りしめ、その胸を締め付けるような『切なさ』と『緊張』という感情を抑えようとしていた。
どこからどう入ったか知らないが、それから彼女は屋根裏に潜り込んでいた。板を1枚ずらして様子を伺うと、明かりはなく、その『彼』は寝ているようだった。
慣れた様子で静かに廊下に下りると、頭に入っている見取り図の通りに進み、彼の寝室にたどり着いた。自分の影が映り込まないよう、姿勢を低くして障子に手を掛け少し開けて中を覗き見た。が、そこには敷かれた布団だけがあり、お目当ての彼の姿はなかった。
〔ここじゃない…?出かけている様子もない…他の部屋かしら…〕
七蝶は天井裏に再び忍び込み、虱潰しに部屋を確かめていった。だが家のどこにも彼の姿を見受けることはできなかったのである。彼の草履は確かに玄関に置いてあるので出かけていることはない。
七蝶は考えた、出かけてはいない、だが家のどこの部屋にもいない、それは即ちどういうことになるのか。
〔隠し部屋があるのかしら…〕
彼女は多々ある可能性の中からその考えを導き出した。なぜ彼女がそう思ったのかは後に語るとして、彼女は次の行動に移った。
七蝶は注意深く、暗い家の中を捜索していったのである。月明かりのおかげで全く視界を奪われているわけではないが、人間の視力ではまず細かなことには気づけないだろう。だが、彼女の視力はそんな暗中において板の木目を見分けることは容易だった。
〔これは…〕
客間、書斎と調べていき、ついに寝室において彼女はそれを見つけた。柱には日中でも目を凝らさなければわからないような細い切れ目が2本入っていた。
その切れ目と切れ目の間の部分を前後左右に動かそうと力を加えれば、押しこむように力を加えたときにその部分は軽く動き、その今乗っている隣の畳がわずかに浮き上がった。畳を持ち上げるとその下には地下へと向かう階段がある。
一段ずつ注意を払い下へ下へと降りていくと、目前に通路が伸びていた。奥の方に灯の明かりが見え、七蝶はひんやりと冷たくなった板の上を音を立てないよう進む。
と、彼女の踏んだ一枚の板がガクンっと凹んだ。彼女は後ろへ跳びのくが、その場には、いや、その通路には
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