壁にもたれ掛るようにトーマは体を休めていた。先ほどの戦闘での疲労が、緊張の糸が切れたとたんに襲ってきたのだ。
トーマは元の世界では軍人だった、当然身体能力は訓練によって高められている。とはいえ、三十分間激しい運動を続ければその疲れは大きい。その上、「一発当たれば死ぬ」などというまるで弾丸や大砲のような攻撃をギリギリで避け続けているような状況で、その精神にかかる負担はいかほどになるだろうか。
「大丈夫?」
「ミラ…ああ、平気だ…」
「そう、無理は禁物よ」
「ああ」
ミラはトーマと向かい側にいるトレアとの間に座っていた。トレアは壁に寄りかかって立り、目を閉じていた。二人もまた、その疲れを癒している最中なのだ。
ドアを開けてエヴァニッチとカウルスが入ってきた。
「皆さん、お休みのところ申し訳ない。あの式についての分析結果が出たのでね」
トレアは目を開けた。
「どうだった?」
「癪だったが、この陰険ロン毛にも確認してもらった。あの式の魔法陣ははっきり言って不備はなかったよ」
「まぁ所々無茶な式はあったがね」
「うっせっ…でもあぁなっちまうのはおかしい」
「じゃあどうしてあの式は暴走したんだ?」
トレアは腑に落ちない風に言った。
「私たちは媒体の方に問題があるという見解に至った。なので先ほど少し実験してみたのだが…まぁ見る方が早いかもしれないね」
エヴァニッチは懐からチョークを取り出し、部屋の床に魔法陣を描き始めた。正円を描き、その中にまた小さな正円。正方形が2つ45度角度をずらして重なった紋様を両円の中に描き、最後に見たことのない文字を1つの正方形の四辺に沿って描いた。
「それは…火属性の魔法の陣ね…」
ミラは魔法陣を見て言った。魔法陣は属性によって用いられる幾何学模様が違い、正方形は火属性に用いられることが多い。
「そうの通り。では三人とも、少し近づいてくれ」
三人がエヴァニッチとカウルスに近寄ると、エヴァニッチはミラに質問した。
「ミラさんとトレアさんは、魔法について多少知識がおありかね?」
「ああ、私はほぼ基本的なことだけだ。ミラの方が詳しい」
「なるほど。ではミラさん、この魔法陣で発動できる魔法の効果と規模はお分かりになるかね?」
ミラはその長い髪を手で耳にかけながら、上体を少し屈めて魔法陣を凝視した。
「そうねぇ…さっき言った通り火の魔法…たぶん一瞬発火するものだと思うわ。床から少し浮いたところで発火して、規模的には松明くらいの大きさかしら…」
「その通り。クェマドゥラ フェゴ インファティーレ…」
瞬間、魔法陣が赤く発行し、ミラの見立て通り、床から40センチの宙に松明の火ほどの大きさの火がボッと灯り、消えた。
トーマは少し驚いたが、慣れてきている自分を感じつつあった。
「では次に、この石を媒体として魔法を使うとどうなるか…」
エヴァニッチは懐から、あの式の媒体となっていた石の欠片を取り出し、それを魔法陣の中心に置いた。
「クェマドゥラ フェゴ インファティーレ…」
先ほどと同じ詠唱だ。だが、それによってもたらされた魔法は先ほどとは異なっていた。
「なッ―!」
「ッ―!」
そこに現れたのは人の見の丈もある火柱をあげた炎だった。炎は5秒近く燃え上がり続け、そして消えた。
「…エヴァニッチ殿…今のは…」
トレアは気圧された様子で訊いた。エヴァニッチは一度コクリと頷いた。
「そう、この石を置いただけで魔法はその規模、威力を数段増した。カウルスの式は、この石を媒体にしたことによって暴走してしまったのだろう」
エヴァニッチはその石を拾うと、三人に回した。
「見たことのない石ね…」
「ああ、表面には細かい穴があるな…」
真っ黒な色をした石の表面には穴が開いていて、見た目よりも少々重く光沢があった。
「こいつは…」
トーマは石を見てそう口走った。
「トーマ、どうした?」
「見覚えがあるの?」
トレアとミラがその意思を見つめるトーマに訊ねた。
「トーマ君、見覚えがあるなら、ぜひ教えてもらいたいのだがね」
「…確信はない…が、恐らくというものならわかる。こいつは…隕石、もとい小惑星の欠片だ…」
「隕石?」
「詳しく聴かせてくれ」
「まず、こいつの表面の穴は地表に落ちる際に、空気との摩擦で燃えたせいだろう。光沢もそうだ。見た目より重いのは、恐らく含まれている物質の密度が高いせいだ。金属などの鉱石だと思うが」
「だが、なぜそれだけでその石が隕石ということになるんだね?」
「そうね。それだけで断定するのは早計というものよ」
「…カウルス、この石をどこで?」
トーマは訊ねた。
「たしか町を出てすぐの草原だ。俺はいつもそこでいい媒体がないか探しては試してんだ」
「やっぱり…もしこれが隕石じゃないとすると、どうし
[3]
次へ
[7]
TOP [9]
目次[0]
投票 [*]
感想[#]
メール登録