幸せ、妊娠、不安


 あれから時は流れた。

 そう、ヴァンパイアの彼女が、いつも寄り添って、世話を焼き、我が儘を叶えてくれていた男の存在の大きさ、そして彼に対する自分の気持ちに気づいたあの時から。
 二人はあの後婚礼の儀を挙げた。しかし、彼や彼女の行動が全く変わったということでもない。
 彼女、ロザリアは未だにウィリアムを呼びつけ、車椅子を押させたり、身の回りの世話をさせていた。ウィリアムの方はというと、夫兼執事兼使用人という今の立ち位置を気に入っている。
 彼からすればロザリアに『させられている』というよりかは自ら『している』という意識だ。実際、足の全く動かないロザリアが一人で出来ることにも限界があり、ウィリアムのことを必要としているし、彼女のキツい言い方の裏に全て感謝と、こんな言い方しかできないという申し訳なさがあることを、ウィリアムは分かっていた。

 今日も今日で、ロザリアがウィリアムを呼びつけている。
「ウィル、ウィルーッ」
「ロザリア。ここに」
 彼は相変わらず燕尾服を着て、彼女の執事兼使用人の位置にとどまっていた。しかし、以前とは違い彼女を『お嬢様』ではなく『ロザリア』と名前で呼んでいる。それが彼女との関係性の変化を現していた。
「車椅子に移して」
「はい」
 ウィリアムは快く応え、ロザリアを抱き上げた。そして車椅子に座らせ、身なりを整えた。彼女は夫婦になってから、以前にも増して我が儘を言うようになった。それも小さな我が儘。
 今のように、以前は言わなかった「車椅子に移して」や、他にも多々。
「ご飯、何?」
「ハムエッグだよ」
「そう」
 その会話の間に部屋を出て、二人はスロープを下っていた。

 食堂で朝食(ただいま22:00)を済ませた後、二人はロザリアの部屋にいた。並んだディスクに揃って座り、書類に目を通している。
「こっちの件は保留で構わないよね?」
 そう言いながらウィリアムはロザリアに書類を見せた。ウィリアムは結婚してから事業に関わるようになり、手腕を振るっていた。
 そうしてからは、ミューラシカ家がスポンサーになっている企業は大きくなっているのは目に見えた事実だった。
 ロザリアは書類を一目見て、自分の目の前の書類に目を戻した。
「ええ、そうね。あ、そういえば南部支社への輸送路…」
と、彼女は思いだした様に言った。
「あれはマフリ海を通らない別ルートを考えれば良いんだよね?」
 ウィリアムはそう言いながら書類を脇に置き、別の書類を取った。
「え、うん」
「それで相談なんだけど、ちょっと良いかな?」
「なに?」
 そう言って彼は地図を取り出した。
「今、マフリ海は海賊が多くて時間的にロスになるし、リスクも高い。別航路にしても荒れることが多い所ばっかりだし、陸路も悪路ばかりだ」
 ウィリアムは地図の海や陸の所を指さしながら言った。
「ええ、確かにそうね。だからマフリ海がダメになるともう八方塞がりよ」
「なら空路でならどうだ?」
「空路?」
 ロザリアはそう言った後、思いついたように言った。
「ハーピーたちね?」
「ああ、彼女たちはよく運送業で生計を立てているし、それに仕事上、少量の荷物をすぐに運んでもらうことがこれまでもあった。けど船だと、その都度船を動かすのに人手も要った」
「ええ、確かに船はそう言う時、効率は良くなかったわね。彼女たちに頼めば少量でも運んでもらうことがすぐ出来るわ」
「経済的にも出費は少なくなるし、時間も短縮できる」
「そうね。なら、この件はあなたに一任するわ」
「町に心当たりがあるんだ、明日行って来るよ」
「ええ」
 ウィリアムは地図を戻し、置いてあった書類をトントンとまとめ、引き出しに仕舞った。
「さぁーて…」
 ウィリアムは伸びをして、「ふぅ」とため息を吐いた。
「そろそろ切り上げる?」
「…ん〜〜っ…はぁ、そうね…」
 ロザリアも伸びをして答えた。

 ウィリアムは立ち上がると車椅子を押して廊下に出て、スロープを下りると屋敷の外に出た。
 庭は相変わらずきれいに手入れされ、ゴミ一つ無かった。月明かりもあるが、等間隔で置かれたモニュメントを兼ねた明かりが柔らかに庭を照らしている。
 ランプで照らし出された庭の道を歩き、屋敷の角を一度曲がった。そこは彼女の部屋から見える魔界の植物『サキュバスクラウン』のアーチで、ウィリアムはその中で足を止めた。
 サキュバスクラウンは青と白の花弁が交互に並んだ薔薇の様な花を付け、花のすぐ下からの茎が一周ぐるりと輪を描き、その輪になった茎の部分からは孤を描いた棘が伸びている。花は淡く光と良い香りを放っている。
 そしてその形は王冠であり、そこからその名前が来ているのだ。

 ウィリアムはその内の一つを摘んで、ロザリアの頭に優しく乗せた。
「ウィリアム…」
 ロザリ
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