人気のない森の中を歩く一人の男がいた。
身の丈は160〜170くらいで、髪は少しボサついている。そしてその細身の体には似つかわしくない荷物を背負っていた。
布で覆われたその荷物は彼がすっぽりと隠れてしまうほど大きい。
旅人でも訪れることのないこの森に、彼は荷物以外何も持って来ていない様子だ。ナイフも剣も持っていないのは一目瞭然、盗賊なら万々歳で標的にするだろう。
「あ〜ら、こんな所に丸腰で来るなんて、どこの平和ボケ野郎なのかしら?」
「!」
彼が声のした方を見上げると、木の上に一人の女性が立っている。淫靡な恰好をした彼女は、黒い肌、銀色の髪の毛、尖った耳などの特徴がある。
「まぁ私に見つかって運が良かったわね。いえ、悪かったのかしら?」
彼女は微笑を浮かべてそう言うと、木から飛び降りて彼に近づいた。
「動かない事ね、でなければあなたの体が傷だらけよ」
彼女は手に持った鞭を振るい、地を叩いた。辺りに破裂音が響く。
「さぁ、邪魔な荷物を置いて」
彼は彼女に言われたとおり、荷物を下ろした。
「ウッフフフ…いい子ね。私好きよ、そういう素直な子…」
彼女は彼の胸の中央当たりを人差し指で押し、彼を背後の木に追いつめた。
彼女の身長とほぼ同じくらいの彼の顎を指で持ち、「ウフフ」と笑った。
「ここには何しに来たのかしらぁ?もしかして私に捕まりに来たのかしら…」
「いいや、違う…」
彼が始めて言葉を発した。
「あら、じゃあ何しに?」
「…キスしたら教えてやるよ」
「あら、人間の分際で私にそんな生意気なこと言うのねぇ。…いいわよ、どの道そのつもりだったもの…」
彼女は彼の唇を奪った。舌を入れて口内を舐め回した。クチュグチュと音を立てながら長いキスをして唇を離した。
「さぁ、教えてもらうわよ…」
「ケケケ、魔物を捕まえに来たのさ…」
彼はニヤッと笑って言った。
彼女は一転した彼の雰囲気に驚き、思わず退いた。
「何を言っ…へ…いふ…!?」
(し、舌が回らな…)
彼女は自分の体がおかしい事に気づいた。だがそれはもう十分に遅すぎた。
彼女の体は徐々に動くことが出来なくなり、同時に意識が遠のいていった。
男は荷物の掛かっていた布の一番上の結び目を解いた。
布の中から鉄製の櫃(ひつ)が姿を見せた。上蓋を取り、ダークエルフの彼女をその中に入れて再び蓋をし布で覆った。
「ダークエルフか…まぁいいだろう、ヒッヒ…」
「うぅ…ん…?」
(ここは…?)
彼女が目を覚ました時には、手足を箱のような椅子に固定され、来ていた服も取り払われていた。
「なんだ、やっと目を覚ましたのかァ…?」
暗い部屋の中で、その机の回りだけがランプのおかげで明るく照らされていた。その机に向かって立っているのはあの男だ。
「おい、ここはどこだッ!?何をしたッ!?」
彼女はそう怒鳴った。
「まぁ落ち着け。ここは俺の自宅の地下の研究室だ。俺はお前を眠らせて連れてきたのだヨ」
「眠らせて…?魔術でも使ったっていうの…?」
「違うヨ。毒を使った」
「毒?いつそんな物を盛った?!」
彼女は記憶を辿ったが、何もやられた覚えはない。
「ヒヒヒ…お前は自分からその毒を舐めに来た」
「私から?」
「まだ分からないのかネ?俺が毒を仕込んでいたのはココだヨ、ココ」
彼はそう言って自分の口を指さした。
「ま、まさか…それじゃあんただって―」
「確かに…だがナ、俺の使う毒は全て俺の遺伝子を用いている。つまり、俺の作った毒は俺の体に影響を及ぼすように作らなければ、ほぼ無効なんだヨ」
「何ですって…」
「それにネ、俺の作った毒は全て俺の体内に蓄積され、俺の意思によって使いたい毒が、涙腺、汗腺、唾液腺など…好きな所から分泌されるのだヨ」
彼女は目の前の男が何ものなのか激しく気になった。と、同時に人間とはとても思えなかった。
「それでぇ…私に何の用なのかしら?」
「お前には今から俺の作った毒の実験台になってもらう…」
「実験台…」
彼女の顔に汗が一筋流れた。
「そうだヨ…まぁ安心しろ、死ぬようなことはないヨ」
「そう、けど私責められるより責める方が好きなのよね」
「だろうネ。だがそれは無理だナ。今お前を固定している椅子と金具は理論上ヴァンパイアでもミノタウロスでも壊せない。まぁ多少融通が利くように稼働するようにしてあるがナ」
確かに動かそうと思えば全方位に多少動く。彼女はそれを確認するように手足を動かしたが、全くはずれる気配もない。もし彼の言っているとおりヴァンパイアでもミノタウロスでも壊せないとなれば、ダークエルフの力などでは到底歯が立たないだろう。
「くッ…」
彼女は彼をキッと睨んだ。だが彼はそんなことには構いもせずに椅子に座って「あ、そうだ」
[3]
次へ
ページ移動[1
2 3 4]
[7]
TOP [9]
目次[0]
投票 [*]
感想[#]
メール登録