星や月が照らす夜、森に挟まれた道を歩く一人の男が居た。
肌は白く、長めの黒髪を後ろでポニーテールにしていた。目は橙の混ざったような瞳で細くはなく、しかしパッチリしてもいない眼だ。
女装でもしてしまえば、誠のそれに見間違うであろう中性的な顔立ちであった。
ここはジパング地方の文化が多からずも入ってくる辺りだ。この森を抜け、町を過ぎ、あと数キロもゆけばジパング地方から多くの船が出入港する港があった。
男はそんなジパング地方からの文化を多少取り入れた格好をしている。上半身に纏っているのは着物であるが、履いているのは袴ではなくズボンであった。だがズボンと言ってもそれは裾が少し広がっており、所々に刺繍が施されていた。
足下には高めの歯の下駄がカランコロンと音を立てていた。腰の後ろには日本刀が揺れていて、白地に華の文様が刺繍された羽織りが風になびいていた。
男は空を見上げて少し息を付いた。
「思ったより遅くなったな…」
彼はそう言ったもののその足を早める様子はなかった。下駄の音は同じリズムを刻み、森を木霊していた。
突然辺りが影に包まれ始めた。彼は空を眺め、雨雲が月を隠し始めていることに気付いた。まもなく雲は月を覆い隠し、やがて水滴が木の葉を濡らし土の色を変え、彼の顔を濡らし始める。
「降ってきたな…」
彼はようやくその足を速めた。下駄の音は湿りぬかるんだ道に吸収され、代わりにビチャビチャという音が雨音に混じって響き出す。
彼は羽織を頭から被り雨よけとし、家路を急いだ。まだ町までは一時間もかかる距離だ、走ったところで十分程度の違いしかないだろう。
やがて彼は同日の明朝も渡ってきた川に差し掛かるが、様相は一転していた。水かさの増した川は濁流となって橋を押し流し、まるでそこには橋など始めから無かったように只々岸辺の土を削り取っていった。
男は事に苦笑いを浮かべ溜息を零し、辺りをキョロキョロと見回した。この辺には民家が点在し出すところからは遠かったが、彼はどこか雨宿りできそうなところを探しているのだろう。
「ん…?」
彼は図らずにも、土が緩んで倒れ込んだ大木が対岸と根元付近の木に引っかかり橋となっているのを見つけた。
彼はその木に駆け寄り、ヒョイと飛び乗るとカラッと下駄が鳴った。続けてカッカッカッカッと走って大木を渡りきると、スタッと大木から跳び降りた。
雨は一層強さを増してきた。
(どこかで雨宿りしなければ
とは言ってもこの辺りに民家は…ん?)
彼の目はこの木々の間に『ぽぅ…』と光る灯を見つけた。彼はそれを家の光だと確信したのか、それとも何か確かめるためか、その灯りに向かって走り出した。
近づいていくほどにその灯りは増えていき、やがて目の前に大きなスペースが広がっていた。
そのスペースのほぼ中央に、黒い木の塀に囲まれた大きな家があった。近づいてみるとその家の様子がよく分かった。
壁は白く二階建てで、黒い塀の入り口らしき所には少しだけ開いた鉄柵の門があった。
彼はそこから中の様子を窺った。中には黒い入り口の扉があり、その右側には庭へ出るための園側という物があった。
(見た目は洋風だが、所々和風だな…)
園側の床の上の奥には障子があり、部屋の中にはどうやら灯が灯っているようだった。
そしてこの家の大きな特徴はその屋根の色だった。灯りの中でその色が鬼灯のように赤いと言うことが分かった。
男はその鉄柵をくぐり、扉の前の雨よけで雨宿りすることにしたのだがその時、障子を開けて中から黒髪の女性が顔を覗かせた。
「どなたですか?」
女性の声は透き通るように美しく、優しそうな印象を与えた。
彼女の肌もまた透き通るように白く、そして大きな瞳に鋭くも優しさを感じさせる眼は、まるで宝石のように緑に輝いていた。鼻筋が通り、とても美しい女性だった。
身につけているのは赤地の華美な着物で、左肩には大きな白い華が刺繍されていて他の所にも同じ華が描かれていた。
「申し訳ありません。私は近くの町の者なのですが、出掛けの帰りにこの雨に遭いまして。
するとこの家の灯りが目に入りましたので、軒先ででも雨宿りさせていただこうと思った次第で…」
「まぁ、それは大変でしょう。お着物も濡れているようですし…
どうかお上がりください、鍵は開いていますので」
「いや、そんな…」
「構いませんよ、どうぞ」
彼女は笑顔でそういった。彼女の唇の下から、可愛らしい八重歯が顔を覗かせた。
男は軽く会釈して扉を開けた。
中は暗く、玄関から2、3メートルは壁に挟まれて廊下が続き、その先は左右に分かれていた。
その廊下の右側からあの女性が水の入った桶と布を持ってやってきた。
「どうぞ、足をお拭きになってくだ
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