湖畔の淵の木々の枝から、鳥の群が飛び立った。青空は広く澄んで、透明度の高い水が鏡のごとくその景色を反転させていた。その風景にふさわしい気品ある屋敷も堂々とその身を湖畔に写し、なんとも美しかった。
その湖畔に波紋が二つ。
龍瞳と幟狼が投げ入れた釣り針と浮きのせいだ。竹竿の先に釣り糸が付いているだけというシンプルなもので、脇には水と魚の入った入れ物があった。
「長閑だなぁ」
「だなぁ」
「この国が狙われてるなんて思えねぇなぁ」
「思えないなぁ」
二人は地面に腰を下ろしてアグラをかき、片手で竿を持ちもう片手で頬杖をついて遠くをぼぉーっと見つめた。ここにいると、『この国も世界も平和だ』などという勘違いを抱きそうになる。ちなみに、この屋敷の主はただいま留守中だ。
「なによ、二人とも」
様子を見に来た魅月尾が呆れて言う。
「ここにいる時くらい良いじゃない?」
「…そうだな」
「あ、そろそろ来るよ」
「えっ?」
と龍瞳が言った瞬間、浮きが沈んで竿がしなった。
「来たかっ―」
龍瞳は竿を引き、魚は逃げようとする。すると力を緩め魚を泳がせて、魚の力が弱まったと見るやあっという間に引き上げた。
宙を舞った影は予想以上の大きさ、一目でメーター越えレベルなのが分かる。
「でかいなっ!」
「大物、大物っ」
幟狼は驚き、魅月尾はニカッと笑った。
「どうやら感知領域の常時展開、出来るようになってきたみたいだな」
「ええ。今はまだ障害物があると解りにくいけど、外で警戒する分には問題ないわ」
「そうか。で、一時的な方は?」
「範囲は半径…だいたい一キロくらいかしらね…」
魅月尾は目を閉じて、感覚を研ぎ澄ませた。もしその感知魔法を視覚化できたなら、その様子は彼女を中心とした半球体がどんどんと広がっていくのだろう。すると、その球体の中に何かが進入した。
「あら…?」
「どうした?」
目を開けて魅月尾は口走った。龍瞳の方を向くと「誰か来るわ」と告げた。
「馬車に乗ってたみたい。龍瞳様に似た、感覚…というかなにかを二人に感じたわ。あと、一人は本当に知らない人」
「客人か…出迎えにでも行くか」
幟狼はそう言って釣り針を水から揚げ、龍瞳はすべての魚を湖に帰した。
玄関に行くと外から馬の足音が聞こえた。暫くして扉が開き、二人の門番とあと三人の男女が現れた。
「…っ!」
一番反応したのは、龍瞳だった。
「と、父さんっ!?母さん!?」
微笑みを浮かべた男性と少し鋭い龍瞳似の目をした女性。二人を見た龍瞳の口から出た関係性を聞いて、魅月尾と幟狼は少し驚いてもう一度見つめた。
「龍…」
と言葉を切りだしたのは父親だった。眼鏡の奥ににこやかな目を覗かせ、前髪を上げてはいるが龍瞳と似たような髪型だった。着ている物も龍瞳と似ている。傍らの母親は三つ編みで、服装は西洋風。白いワンピースに茶色い革のベストとブーツを履いていた。
「今回は国王様の役に立てたようだな?
だが…」
次の瞬間、龍瞳は彼の突然の手刀を左腕で防いでいた。
「それはたまたま運が良かっただけだ。
いつまでも家を継がずにギルドなんてやってるからこんな事になってしまうんだ、解っているのか?」
口調と表情こそ穏やかだが、その行動は穏やかさとはかけ離れていた。
「…解ってるさ、父さん。それでも僕は…」
「あなた、あまり人前でそういうことは良くないわ」
「…そうだね、失礼」
「龍にい!」
父親が詫びた後、一人の少女が龍瞳を呼んだ。黒髪で右側の髪の毛を上げて髪留めで留めたショートヘア、抑えめの色の花柄の着物を着ていた。
「瑚湖(ココ)…か?」
「うん。久しぶり、龍にい」
「そっか、久しぶりだなぁ瑚湖、大きくなったな」
「龍にい、大変だったねぇ」
「まぁ正確に言えばこれからもっと大変になりそうだけどね」
「そうなんだ。あのね、国王様が『今日は泊まっていってください』って」
「そうか。なら久しぶりにみんなのことも聞いておこうかな」
「うん」
「あ、紹介するよ。僕の友人の幟狼と乎弥、それから…」
「魅月尾です。よろしく」
魅月尾を龍瞳の父は少し睨んだ。
「君が魅月尾さんか…」
「ええ。そうですけど…」
「此度の事では、君も大変だったようだね?」
「あ、はい…」
「君が人質に取られたとか?」
「…何が言いたいんだ、父さんっ」
龍瞳は一歩前に出て、睨み返した。しかし魅月尾は彼の腕を掴み、振り向いた龍瞳に首を振った。
「お父様、此度の事で私が人質に取られたのは私の油断の招いた事。そのことで龍瞳様が抗えない状況に陥ったことも、また然り」
「魅月尾…」
「申し訳ございませんでした」
魅月尾は淡々と頭を下げた。
「おい…」
龍瞳は戸惑っ
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