俺は木漏れ日の照らす森の中の街道を、馬車に乗って進んでいた。馬の手綱を手に握りながらボーっとして、次の町までが暇でしょうがなかった。
この辺に魔物が出るなんて噂は聞かないし、周りに目を光らせる必要も無い。
ともかくこのおっさんはボーっとしていた。すると、道の脇に何かがある。近づくと誰かが倒れていると言った方がいいことに気付いた。
盗賊の罠かも知れないと思って、俺はナイフの刀身が付いた折り畳み式の弓を片手に近寄り、周りを警戒した。しかし、周りには意に反して誰かがいる気配もなく、俺は警戒を解いた。
「なっ…」
灰色い毛と尻尾、頭の上から突き出た犬耳。間違いなく魔物だった。だが俺が驚いたのはそこじゃない。
彼女はかなり痩せていて自分で立つ力も無いらしく、身につけている物はビリビリに破れてしまった小汚い布だ。意識は朦朧としているようだし、か細い呼吸の音がヒィ…ヒィ…と聞こえている。そして何より…彼女はまだ幼い子供だった。
俺は目の前の汚れた幼い魔物を馬車の荷台に担ぎ乗せた。そして毛布を巻き、積んでいた食料で出来るだけカロリーの高い、同時に栄養のありそうな物を探した。
しかし、干し肉くらいしかそういう物がなかった。彼女の今の状態だと噛み切るのも飲み込むのも困難だ。
いや、あった。俺の目に映ったのは銀色の大きな容器。
(いや…あれはだめだ…)
あの中にあるのはホルスタウロスのミルクだ、だがあれは俺の仕事の運送業で預かっているものだ。私物ではないので使うわけには行かないが、今俺の横で倒れ込んでいるこの少女はいまそれを必要としている。しかし―
(…心を鬼にするしかないか…)
「ほんっとにすみませんっ!」
「いやいや、お気になさらずに。必要だったのなら仕方ないですよ、命には代えられません」
俺は深々と頭を下げたが、その人は笑顔でそう言ってくれた。俺はあの銀の容器から少しばかりミルクを頂戴した。それを少しずつ彼女にゆっくり飲ませた。ホルスタウロスのミルクはおいしくて栄養価も高い。カロリーもそこそこあるだろうし、打って付けだった。
「それに分量が少し多かったようで、欲しかった分量はちゃんとありますから」
「そうですか…ですが、申し訳ありませんでした」
「いえいえ、これからもよろしくお願いしますよ」
「はいっ。ありがとうございますっ」
俺はもう一度頭を下げ、そう言った。
俺は客の元を後にして馬車でその町を出ると川辺の道にでた。そして適当な場所を見つけると、少しだけ体力の回復した彼女を下ろした。
彼女は少しだけ不安そうな顔をしているが、俺にはそれが俺に対する恐怖なのか、ここで置いて行かれる事かも知れないということが不安なのか分からない。
だが俺は彼女に酷いことをする気はないし、置いていくなんて気も毛頭無い。
彼女を抱えたまま川の側へ行き一旦下ろすと、靴と上の服を脱いで傍に置いた。そして再び彼女を抱え踝(くるぶし)が浸かるくらいの深さまで川に入り彼女を下ろした。
「ひんっ―」
「おっと、悪ぃ。冷たかったか?」
俺が訊くと、彼女は首を横に振った。一度彼女に手で優しく水をかけ、持ってきていた手ぬぐいで彼女の体をゆっくり拭ってやった。
体中が汚れていて毛並みもケバケバだったが、やがて汚れは落ちて毛も元の綺麗さを取り戻したようだった。
しかし、こうして拭ってやれば彼女の体が細いことがより分かる。もし俺があそこを通りかからなければ、彼女は間違いなく…いや、仮定の話はなしにしよう。人生、『あの時もし』なんて事はやまほどある。
救えた命だ、それでいいじゃないか。
俺はタオルで彼女の体と髪を乾かした。耳の水を拭った時、彼女が少し足を動かしたがその時は気にしなかった。
さっきも言ったとおり、彼女はあのミルクのお陰で少しだが回復した。物を食べることは出来るようになったようで、試しに干し肉を少し水で戻して与えてみたところ、ゆっくりとだが食べることが出来た。だがまだ大きいままだと食べ辛そうだ。
「ちょっと貸しな」
俺はそう言って少しふやけた干し肉を彼女から受け取り、一口大に千切って彼女に渡した。
「ほれ」
『ガブッ』
彼女は俺の手ごと肉を口に入れた。
「………」
すこーしずつ汗が出てくる。
「…いやイタイタイタイタイタイタイタイタイタイタイッ!」
俺が痛がっていると、彼女は今気付いたかのように俺の手を離した。
「ふぅ〜、ふぅ〜…」
彼女は俺の指先を労るようにぺろぺろと舐めた。
「平気?」
「…平気だよ」
「良かった」
「君、名前は?」
「リャナ…」
「リャナか、良い名前じゃないか。
俺はクレヴァ」
「クレヴァ…クレヴァ、ありがと」
「いいってことよ」
それから一緒に過ごしていくと
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