囚われの夜顔 〜家紋の意味〜

 龍瞳は男と二人で宿の一室にいる。少し広い様に思える部屋には二人分の布団が敷かれている。
 その男以外にも、部屋の外と宿の外に計五人が龍童を見張っていた。彼は座卓の上に見取り図らしき物を広げて、頭を悩ませているようだった。
「…どこから侵入する?」

「つかんでいる情報では、ここの警備が手薄になっている。貴様なら容易く入れるだろう?」

「…そうだな…」
 龍瞳はこの話に乗り気ではなかった。当然だ、今しているのは『一国の王である少年を殺すために、城に忍び込む方法の模索』なのだから。魅月尾を人質に取られ、逆らえば彼女の『精神』を破壊されると脅されている。

 龍瞳は見張りの男から情報を得ながら、策を練っていった。
 やがて夜になって龍瞳は布団に潜り眠りに就いた。何があっても失敗出来ない『明日』のために…




「…うぅ…」

「おや、お目覚めか?」

「あなたっ…!」
 魅月尾は目を覚まし、『あの』幻を見せられる前にもしたようにその手首にかけられた手枷を引っ張った。当然外れるわけなど無い。
「何が目的?…まさか『体目当て』じゃないわよね?」

「ふっふふふ…君は人質だよ」

「…人質?」

「そう、龍の目を操るためのね…」
 策科(サクシナ)は口髭を撫でながら告げた。魅月尾は驚いたが、どこかでその返答を分かっていた。
「…龍瞳様に何をさせようっていうの?」

「なに、簡単さ。この火ノ国第十代国王である天染尊(アマソメノミコト)の暗殺だよ」

「何ですって…!?」
 鎖がガシャリと軋んだ。
「そんなことさせないわっ!」
 魅月尾は魔術で目の前の男を攻撃しようとした。しかし、魅月尾は異変を感じた。
(そんなっ…魔術が使えない…!?)
「無駄だよ…君は恐らく妖術を使おうとしただろう?だがね、残念なことにこの部屋には『抑鬼石』を置いている。
 これは貴重な物だが、一つでその石から半径20メートルの範囲内で魔力を大幅に抑制する」
 それを聞いて魅月尾はいつからか感じていた身体の脱力感に納得した。
「…おかしいわね、それならあの幻も見せられないはずでしょ?」

「呪印を施しているのでね、心配はいらんよ」

「あら、そう…」

「ただ、あの様な幻術だけでは面白くないのでね…こういうのはいかがかなっ?」

「きゃああぁぁっ―!」
 魅月尾は悲鳴を上げると目を見開き、背中を仰け反らせた。暫くするとがくりと鎖にぶら下がった。
「はっ― はっ― はっ― はぁっ―」
 目からは涙が零れ落ち、身体はがたがたと震えている。鎖さえなければその両手で震える肩を握りしめていることだろう。
「いかがだったかね…?『雷』を浴びた感想は」


 遠くで犬が遠吠えを上げ、声は闇夜に消えた。月明かりに照らされた城が西側へ影を作り、そこは一切の闇となった。
 人はとうの昔に寝静まり、起きているのは遊女や一部の男たち、夜回りの役人程度の者だ。
 城は高く厚い城壁に囲まれ、門も固く閉ざされていた。城壁の周りには警備の家臣たちが東西南北にそれぞれ20人ずつ配置され、一見侵入は不可能に思えた。

 だが龍瞳にとっては幸か不幸か、侵入が可能となる幾つかの状況が重なっていた。

 まず一つ。『東、西、北の一方が必ず月光で影になること』
 月が東から昇り、西へ沈みゆくのは当然の事、この世の理である。城が十階層あり、その一階層が既に他よりも10メートル高い基礎の上に成っている。
 また一階一階が天井が高く、またその上には大きな屋根があればその高さは裕に50メートルを超える。
 その巨大な城に月光は当然阻まれ、たとえ快晴の夜空であっても闇に包まれる。警備の者達は皆灯りを持っているが、その灯りさえ消えてしまえば視覚は意味を殆ど為さない。

 今、龍瞳は西側の影の中にいた。建物の影に身を潜めて、機を窺った。そして龍瞳は見計らって警備の者の一人の灯りに向かって『棒手裏剣』を投げた。
 棒手裏剣は正確に灯りの火を消した。見張りは突如闇に包まれたことでパニックに陥った。
 それを狙っていた龍瞳は一瞬で彼に近づき、口を押さえて呪札を張り気絶させた。龍瞳はすぐにまた別の建物の影に隠れ、見張りが歩いてくるのを待った。

 三十秒程度で見張りが倒れている男に気付き、近寄った。あまりにも気付かなければ石でも投げておびき寄せるつもりだったが、その必要もなくなった。
 龍瞳は同じように灯りを消し一瞬で近づき口を塞いで気を失わせ、今度は二人を物陰に隠した。


 『西側にある四階建ての建物』これが侵入を可能にする二つ目。

 そこは領事館で、西洋風の建物だ。城に面した側には窓がない。そこから城壁に縄を張られないようにする為だったが、それを逆手にとったのだ。
 龍瞳は城壁に向かって跳び上がり、壁面を蹴って向かいの領事
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