囚われの夜顔 〜企み〜

「はあッ!」

「てあッ!」
 『キンッ―』金属同士の衝突音。そして木から離れ落ちた木の葉が真っ二つに斬り裂かれた。
 『カッカッ―』木と木の当たる音。黒く長い髪の男が下駄を履いた足で、太い木の枝の上に立った。

「くっ…龍の目がこれほどとは…」

「あまり僕を嘗めない方がいい、今は己の誇示じゃなく警告として言えるようになった。
 …君は西の方で有名な殺し屋だろ?」

「ああ、ご存じとはね。嬉しいよ。
 …なら知ってるよな、みんな首落とされて死んでるってのはよおぉっ!」
 殺し屋は投げナイフを龍瞳に向かって二本投げたが、それは彼の身体のどこにも当たるような軌道ではなかった。ナイフは一直線に彼の首の両脇に向かって飛んでいた。

 龍瞳が避ける動作をしないと見るや、殺し屋はにやりと笑った。
 そしてナイフが彼の首の真横を通り過ぎる寸前に龍瞳は後ろへ跳び、ほぼ直立で真下へ着地した。
 ナイフは当然そのまま飛び続け、龍瞳の後ろの木の枝の両脇を通り過ぎた。

 その瞬間、枝は真一文字に切り落とされた。一見すると何も枝には触れてないが、実際は違う。

「貴様…寸前で気付いてかわしたというのか?!」

「いや、君がナイフを投げた時に分かったよ。ナイフとナイフの間に糸が張られているのがね…」

「馬鹿なッ!髪の毛ほどの透明な糸だぞ、見えるわけが―」

「見えるんだよ、僕には」

「ならば、なぜすぐに避けない?」

「すると君は次の手を打とうとするだろ?
 寸前まで避けない方が、君は油断して対応が遅くなる」

「…そうか…だったらこんな話してんじゃなかったなあぁっ!」
 殺し屋はナイフを抜くと龍瞳に向かって襲いかかった。しかし、依然として不動のままの龍瞳の寸前で、殺し屋は一瞬動きを止め倒れた。
「貴…様…な、にを…」

「『封じ』の呪札さ。上手く引っかかってくれて助かったよ」

「く…そ…」

「ふぅ…」
(殺し屋の撃退。
 この依頼請けたはいいが…依頼主が分からないのが気になるな…)


 この依頼を請けたのは先日のことだ。いつもの様に酒場へ行くと、入れ違いでフード付きのマントを来て、フードを深く被った人物に擦れ違った。
 特に気にもしないで酒場へ入り、いつものように「依頼はないか?」と店主へ訊いた。
「ああ、龍のダンナ…今し方あったところですよ。ほら、今ダンナが擦れ違った方がその依頼主なんですけれどね?
 それが妙なんですよ、顔も見せず声も発しねぇで依頼内容を書いたメモだけ残して、報酬の金だけ置いて行っちまったんでさぁ」

「そう、確かに妙だな…で、どんな依頼なんだ?」
「メモには明日の昼、ここから北西に二キロの森にいる殺し屋の撃退。報酬は金貨5枚
 …これだけだ」

「そうか。まぁ請けてみるよ」

「そうですか?じゃあくれぐれも…」

「ああ」


 そして今に至るのだ。殺し屋は何者かに『龍瞳を倒せばその辺りで名が挙げられる』とふきこまれていたらしい。
 龍瞳は気絶した殺し屋を縄で縛り手近な木へ結びつけ、そのまま森を駆け抜け、町へと戻った。そして保安の詰め所へ立ち寄り殺し屋の回収を頼んだ。

 龍瞳はその足で酒場へ立ち寄り依頼料を受け取った。
「どうでした?」

「まぁ、それなりに名の通った殺し屋みたいだったからいい腕だったけどね。 ただ…殺し屋もそこに嗾(けしか)けた奴の顔は見ていないらしい…」

「そうですか…
 まあ、何にしても依頼をこなしたんだから依頼料をどうぞ」

「ああ。ありがと」

「それじゃお気を付けて」
 龍瞳は店主に見送られて店の外に出た。少し歩いたところで男に呼び止められた。
「龍瞳さんですね?」

「…ええ、そうですが…?」

「少しこちらへいらして頂けませんか?」

「…分かりました」
 龍瞳はその口髭を生やした男を少しじっと見つめてから承諾した。外見は白髪は殆ど無いが、目尻には小じわもあり雰囲気としては四十は越えているだろうと見受けられた。

 その男の後に付いて行くと、あまり人気のない路地裏に着いた。
「さて、龍瞳さん。依頼を頼みたいのですが…」

「その前に、まだ名前を伺っていません。それに依頼ならギルドに依頼を出せばいいでしょう?」

「失礼。私はジパング本土、火ノ国より参りました策科(サクシナ)と申します。
 この依頼…火ノ国に大きく関わることですので、公に出すわけには行かないのです」

「…何故僕に?」

「あなたのお噂はかねがね…相当の腕が立つとか。調べさせていただきましたが、然るべき所にあったなら相当の位になられていてもおかしくはない」
 策科は鼻の下に生やした立派な口髭を指で撫でながら言った。
「お膳立てはそのくらいにして、依頼っていうのは?」

「…ここでも誰かに訊かれかねません…ここでは、と
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