この世は老いも若きも男も女も心の寂しい人間ばかり…だったのですが。
最近はどこの街も国も、お互いのスキマをお互いで埋めてしまえる者たちばかりでしてね…。
ワタシですか?ワタシは、そんな心のスキマをお埋めするサービスをしておりましたが、
魔界が広がるこの世の中では正直言って何もできたものじゃないんですよねぇ。
そんな状況に陥って初めてワタシ自身、人様の心のスキマに触れることで
ワタシ自身の心のスキマを埋めようとしていたことに気づいたんですよ。
さて、お話が過ぎましたが、今日のお客様はこの与井鳥戸呂助(よいどり へろすけ)という男性です。
この方は、この世界ではすっかり珍しくなったタイプのお方です―――。
◆ ◆ ◆
黒ィぎょうぶさんSP。
「百薬の長」
◆ ◆ ◆
とあるバー。
底なしの暗闇につづいてますと言わんばかりに地下に続く階段の奥深くにあるその店は、
物々しい雰囲気の入り口とは裏腹になかなかに繁盛している店である。
恐怖をおして中に入ればカウンターの奥には優しげな雰囲気の男と
狐の耳を隠そうともしない金髪の女が佇んでいる。
周りのテーブルでは様々なカップルがやすらぎの一時を酒とともに
過ごしているので、甘い雰囲気が常に絶えず、
もし独り身が出会いを求めるのならば別のところに行った方がいい
という特徴を持った店でもある。
カラン。
と、バーのドアのベルが鳴ればドアが開き、
微妙によれたスーツを着た妙に冴えない雰囲気の男が入ってくる。
男の名は与井鳥 戸呂助<よいどり へろすけ>。幼い頃から何かが欲しくても我慢し、
もしくは怖くて手が出せなかった事のほうが多かったという男だ。
当然、そうなってはいくら愛に生きることを至上とする魔界でも
なかなか相手を見つけるのは難しい物がある。
そんな鬱憤を少しでも晴らしに、慣れない酒場へと戸呂助はやってきたのだ。
そんな男に、優しげな雰囲気のバーテンダーが話しかけた。
「いらっしゃい。こちらの席が空いてますよ」
「…失礼します」
「何か飲みたいものは?」
「んー、分かりません。何ぶん、こんな所は初めてなもので…」
「あぁ、ではこんなのはいかがでしょう」
手慣れた様子でお手頃とされるワインがグラスに注がれる。
バーテンダーがグラスを差し出すまでのところを戸呂助は据わった目で見続ける。
据わった目つきとは言ったが、別段怒っているわけでも
酔っ払っているわけでもない。ただ気力がないだけである。
有名なバーだというからなんとなく来てみたのだが、いざ来てみれば
なんてことはないただの狐女と一人の男が仲睦まじく切り盛りしているだけの店だ。
「…では頂きます」
そう言うと、戸呂助はグラスをなんとなく手に取り、口につける。
またしても自分の見たくない類の光景を見せ付けられたので
腹いせ混じりにくいっとグラスを傾ける。
傾いたグラスから赤い綺麗な液体が流れ、口の中に入ると、
「…うっ、」
戸呂助は途端に顔をしかめた。口の中に酒のきつい味が広がる。
正しくは彼の味覚を酒の味が蹂躙するといったほうが正しいのかもしれない。
あまり会社の飲み会に出たことのない彼は、自身が酒の味が苦手であるということを今更ながらに思い出したのだった。
「…っ、んくっ」
かと言って、吐き出すのはあまりに失礼である。
口の中に流れ込んだ分は味覚が抵抗するところを我慢して
無理やり喉に通す。舌で味わった酒の味が今度は喉を蹂躙する。
酒が食道を通ったあたりで苦手な味は収まりつつあったが、
今度は喉から酒の残り香が鼻を嫌な方向で刺激する。
いかにも酒だというその味が苦手なので、
いかにも酒だというその匂いも苦手であった。
「ああ、申し訳ありません。もしかしてお客様、飲めないのでは…」
「い、いえいえ。下戸ではないんですけど、どうも味が苦手で…」
「ああ、なるほど…」
確かに酒に含まれるアルコールの味というのは慣れないと刺激が強い。
ともすれば甘いであったり酸っぱいであったりと様々な味があって、
酔いよりもそっちを楽しむ目的で飲む人もいる種類の酒も、
慣れない人からすればただの不味い飲み物でしかないことだってある。
それでも今のようにワインに拒否反応を示すような男が
ここに来たということはなにか理由があってのことであろう。
とは言え、下戸でないというのならそれこそしっかりと飲むぐらいでないと
酔っ払うには達しないものだ。特にこの男の場合、
何かを忘れて酔っ払うにはかなりの忍耐が必要となってくる。
あんまり無理をして酒を飲んでもストレス解消にはならないことを
ちょっと言っておこうとバーテンダーは思い、
ついでにサービスでソフトドリンクを別のグラスに注ぐ。
そんな時だった。
がちゃ。からんからんからん、
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