―――――間もなく、○○〜○○〜です、お忘れ物の無いよう・・・
「ぅ…」
聞き慣れた最寄りの駅の名を聴覚が捕らえ、重い瞼をこじ開けた。
眠気を振り払いながら足元に置いた通学カバンを持って立ち上がり、扉の前に来る。
ふと腕時計を見ると午後九時、下校時刻のギリギリ限界まで残って勉強していたからこんな時間になるのも覚悟の上だし、何よりほぼ平日はこんな感じの生活を送っているからすっかり慣れてしまっていた。
それに、帰りたくない理由もあった。
出張や接待がないときに父が在宅しているが、その時に限って母と父との間で猛喧嘩が繰り広げられるからだ。
家の構造が吹き抜けなのもあって、そんな状況だと音も振動も筒抜けでそれはそれはもう勉強どころではない。だがもうそんなことを言っていられる状況でもない、眼前まで迫った定期試験に備えるべく、寝る間も惜しんで勉強する必要があった。
元より頭が良い方とは言い難く、人一倍の努力を積んでも尚そこら辺のクラスメイト以下だった、そんな自分が恨めしかった。
駅を出て歩くこと10分、我が家が見えてくる
普通の人…と言うか、クラスメイト達からして『自宅』と言うものに対してどんな印象を抱くだろうか?
心の拠り所、安らぎの場所、家族の団欒が得られる場所…
ありきたりな言葉ではこれぐらいしか思いつかないが、悪いイメージを抱いたりしないのは確かなのだろう…と、思った。
せめてその気分を一度でも味わってみたかった、などと叶わぬ願望を抱いて帰宅する。
「ただいま」
出迎えは、無い
ダイニングテーブルまで行くと、見慣れた文字列のメモ用紙が残されていた
『しばらく留守にします』
…これで何度目だろうか
基本的に夕食は外で何かしら済ませたり自分で作ったりして凌いでいる、最後に母親の手料理を食べた日はもう覚えていない。
何度も試行錯誤を繰り返し、自分の味覚を満足させるまでに至った自身のほうがもう上手くなっているかもしれない。それを確かめさせてくれる人がいないのは残念だったが…
今日は疲れたから風呂に入って寝ようと、給湯のボタンを押した
――――――――――――――
夜中、唐突に目が覚めた。時刻は午前三時、もう一度寝ようとしてもずっと意識が冴えたままで寝つけなかったのでリビングへと降りた。
椅子に座ってコップで汲んだ水道水を飲み干し一息つく、テレビでも点けようかと席を立とうとしたその瞬間だった。
…ふぅーっ
「!?!?!?」
唐突に耳元へ吐息が吹きかけられ、驚いて椅子から転げ落ちてしまった。
「おっとっと…そんなに驚かなくてもいいのに
#9829;」
「ううっ、あ…」
倒れる直前に抱えられ、ゆっくりと床に寝かされる。必死に視線を声のするほうに向けるも電気を消しているから暗くて姿は良く分からないが、声色からして女性のものだと思った。そして視界に飛び込むすらっとした脚、その脇に見えるわずかな光を反射して鈍く輝く鋭利な金属質の物体…暗がりでもそれはすぐに刃物であると理解できた、それもかなり大きな…
この時点で俺は彼女を強盗だと解釈し、大声を出して助けを呼ぼうと試みる。
「っぁ…!」
「大声出しちゃ駄目よ」
彼女が短く一言警告する、だが風を切る音とともに喉元へと刃物があてがわれていた。冷たい感触、死へと直結しかねない感触…気が付くと俺の呼吸は激しく乱れていた、全身から汗が噴き出して一滴が硬直した頬を伝う。恐怖に呑まれ、支配された俺を見てクスリと彼女が笑った。
「心配しないで、私は強盗なんかじゃないわ」
「う、嘘だ…」
いつ喉元を掻っ切られるか分からない状態だったが、それでも何とか反論する。
「嘘じゃない…って言っても、どうせ信じないわよね」
彼女がため息をつく、こんな状況でもその様子にどこか色気を感じる自分が腹立たしく思えた。
「まぁいいわ、どの道ヤることは変わらないし…」
そう言うと刃物を俺の首元から離した
助かったと思ったその時
ザシュッ
胸を縦断する、軽い衝撃と一閃
「…え?」
思わず素っ頓狂な声が俺の口から洩れる。そして胸元を見ると、ぱっくりと裂けた寝間着から生々しい傷口が覗いていた
「―――――――――ッ!!!!!」
傷口を抑えてもがく。やられた、死ぬ、ここで…
「あら、大袈裟ね?…これで斬られたって死なないわよ」
「はぁっ…はぁっ……?」
しばらくして異変に気付いた、傷口は相当深いはずなのに血がちっとも出て来ない…それどころか痛みすら無かった。代わりにその傷に沿って熱を帯び、疼く。
「何を…した…?」
「…この鎌によって斬り付けられた貴方のその傷は、肉の体によるものじゃないの」
言われて気づく刃物の形、それは正しく死神が持っているかのような大鎌だった。
成程、どうやら自分が不摂生な生活ばかり送っ
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